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法然上人と知恩院

伊藤唯眞猊下のお言葉

2015年9月

『蓮如上人の夢と知恩院』総本山知恩院門跡 伊藤唯眞

知恩院の黒門に向かって右側に崇泰院(そうたいいん)という塔頭寺院があります。この崇泰院は、浄土真宗を開かれた親鸞聖人の御廟があった地であり、また蓮如(れんにょ)上人(1415~1499)がお生まれになった地でもあります。蓮如上人は、親鸞聖人から数えて第7世存如上人の長男としてお生まれになり、御文(おふみ)(御文章(ごぶんしょう))という教義を易しく書き集めて門徒に与えたり、名号幅を下付するなどの斬新な手法を用いて、真宗中興の祖と言われるほどの大きな宗教活動をされます。

あるとき、蓮如上人は夢をご覧になります。法然上人と親鸞聖人が歩いておられ、その後ろに蓮如上人もおつきになって三人で歩いていたところ、法然上人が振り返ってお望みのように「私の像は墨染めにしなさい。一心専念の精神にかないますから」とおっしゃいました。

一心専念の精神というのは、善導大師が『観経疏』のなかで、「一心に専ら阿弥陀仏の名号を念じる」(※出典1)ことこそお念仏の正しいあり方なのだと説かれたことを指します。この精神に基づくなら、あるがままに念仏する人にはきらびやかな服装ではなく粗末な墨染めの衣の方がふさわしいと法然上人はおっしゃられている──蓮如上人はそう思われたに違いありません。

夢を見た翌日、弟子を知恩院に遣わしてみると、法然上人の木像は墨染めの衣でした。蓮如上人は「ああ、よかった。ここしばらくの間、墨染めの衣ではなかったと耳にして心配していたのだ」と喜ばれます(※出典2)。

もちろん、今でも、知恩院の法然上人の木像、御影(みえい)は墨染めです。やはりお念仏の精神からすればそれが一番ふさわしいという伝統を持ち伝えているわけです。蓮如上人の夢から、私どもがお念仏を称えるときの心のあり方を学びとりたいものです。

 

※1 一心にもっぱら弥陀の名号を念じ、行住坐臥、時節の久遠を問わず、念々に捨てざる者、是を正定の業と名づく、彼の仏の願に順ずるが故に(『観経疏』巻第四「散善義」)

※2 『空善聞書』

この稿は、平成27年7月30日、法然上人御堂(集会堂)で行われた第49回「暁天講座」から要旨を採録しました。「知恩」平成27年9月号に本稿をさらに詳しく掲載しています。「知恩」についてはこちらをご覧ください。



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