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法然上人と知恩院

伊藤唯眞猊下のお言葉

2015年10月

『お念仏を称えて、煩悩を鎮める』総本山知恩院門跡 伊藤唯眞

私たちの心の中にある煩悩は次から次へと出てくるものです。しかし煩悩があるのが人間の性(さが)です。昔の高僧は修行をして煩悩をなくして悟りを得ていましたが、私たちは煩悩をなくすことはなかなかできないことです。お念仏は煩悩のままで少しでも煩悩をなくそうとして称えることが大切です。お念仏をお称えすれば煩悩があっても阿弥陀様のみ光は照らしてくれるのです。その光に助けられて煩悩を取り除いていくのです。自らが内面でお念仏を称えようという気持ちを持たなければ、怒り、貪り、愚痴が次々と出てきて煩悩を消すことができません。

明遍僧都(みょうへんそうず)という高僧が法然上人と出会われて「お念仏を称えようとすると煩悩が出てきます。どうすれば良いでしょうか」とお尋ねになられました。法然上人は「煩悩を押さえるのは私でもできません。できるだけ心を静めてお念仏を称えて阿弥陀様の本願にすがるしかありません」とお答えになりました。また法然上人は「煩悩が起こらないようにするのは人間の顔から目や鼻や口をとってしまうようなことであり、それらをとれば煩悩は起こらないけれども人間ではなくなってしまう」とおっしゃいました(※出典)。

人間は煩悩が起こるのは当然のことだけれども放っておいてはいけません。煩悩があればあるほどお念仏を称えようという道心がでてくるものです。念仏を称えることによって煩悩をなくしていこうと努めるというところに人間の宗教心というものがあり、また人間の向上心もでてくるのです。

 

※『法然上人絵伝』巻十六第三段



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