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法然上人と知恩院

伊藤唯眞猊下のお言葉

2015年12月

『心の灯り』総本山知恩院門跡 伊藤唯眞

七十年前、第二次世界大戦の折に空襲を受けた経験がございます。夜になると「灯火管制」というものが行われました。夜に電燈をつけることは極力避けねばならず、もし電燈をつけるなら、電燈の傘に黒い垂れ布をつけまわしたり、窓ガラスに黒い布を貼り付け、光が漏れて敵機に悟られることのないようにしました。灯火管制がしかれるなかで夕食を細々と済ませ、そしてまたあくる日の生活を不安のうちに迎えていたのを覚えています。

8月15日に戦争が終わり、その晩からは灯(あか)りをともせるようになりました。明るい電気のもとで夕食をとることができ、夜も遅くまで起きて本を読むことができたのです。灯りが自分たちの生活に戻ってきたとき、私は本当に戦争が終わったことを実感いたしました。灯りというものはなんと尊いものであり、人の気持ちを引き立ててくれるものであるか──明るさのなかに希望を感じ嬉しく思ったものでございます。

今日、夜も灯りは煌々と照っております。平和が続き経済的にも豊かになってまいりましたが、やはり闇があります。心のなかにある闇です。私たちが生きていく方向を間違わずに歩みを進めていくにはその先を照らす灯りが要ります。この灯りこそ宗教であり、私たち念仏門にとっては特に「阿弥陀仏」ということになります。

「阿弥陀」は「アミターバ」という古いインドの言葉が中国に音写されたもので、意味をとれば「無量の光」となります。この光の仏さまをたよりにして歩んでいくように教えられたのが法然上人ですから、浄土宗は灯りの宗教といえると思います。社会が混沌とした闇のなかにあっても心を澄ませば灯りが見えてきます。同信の私たちは心に阿弥陀さまの無量の光を感じ、同じ方向へと向かって手を組んで歩んでいかねばなりません。お念仏の光に導かれて、平和でぬくもりのある社会が作られていくことを念願しています。



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