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法然上人と知恩院

伊藤唯眞猊下のお言葉

2016年2月

『法然上人のお人柄の魅力』総本山知恩院門跡 伊藤唯眞

法然上人はお念仏の新しい理論を打ち立てられた理論家です。しかし、理論家だけではなく、温かい宗教者としての側面がございまして、当時の民衆を惹きつけたのはその宗教者としてのお人柄であります。

そのお人柄がよく表れているご法語がございます。私たちは凡夫ですから、お念仏を申しておりましてもいろんな妄念が起きてきて、ただ一筋にお念仏ができなくなったりするものです。お念仏を申しているとき話しかけられると、つい応えてしまうこともあります。こんな時、念仏の功徳がなくなるのではないかと思ってしまいます。

法然上人は、このような私たち凡夫の姿を知ったうえで、「お念仏は金(きん)にたとえることができます。金は火であぶるとかえって輝きを増し、水に入れても溶けることがありません。お念仏の功徳もこれと同じように、妄念が起こったり言葉を交えたりしても、失われないのです」(※出典)と優しい言葉を遺しておられます。そして、このことをお心得なさって、異(こと)ごとを交えず、念仏の数を重ねるようにしなさいとのべておられます。

ひとにぎりの修行者や学者に対してのみ法然上人は教えを説かれているのではありません。凡夫である私たちがお念仏を称えるときの心構えを示されています。お念仏のとき迷いの心が起こってくるかもしれません。それでもお念仏の功徳は失われませんし、必ず極楽往生させていただけるのですから、お念仏をできるかぎり続けましょうと教えてくださっているのです。

法然上人はあらゆる人々を想う心遣いをたえず持っていらっしゃいます。私もまた法然上人の大きなお気持ち、お人柄に惹かれております。皆さまも法然上人のお人柄に魅力を感じていただき、お念仏に励んでくだされば有難く思う次第です。

 

※念佛をば金にたとへたる事にて候。金は火にやくにもいろまさり、みづにいるるにも損せず候。かやうに念佛は妄念のをこる時申候へともけがれず。物を申しまするにもまぎれ候はす。(「拾遺和語灯録 了恵輯録」)



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