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法然上人と知恩院

伊藤唯眞猊下のお言葉

2016年4月

『ありのままで、ただお念仏』総本山知恩院門跡 伊藤唯眞

相田みつをさんの「ただ」という詩があります。

「ただ念仏する──」

それだけ

「ただ」に始まって

「ただ」に終る

終始一貫して「ただ」

ここでいう「ただ」というのは、法然上人のご遺訓「一枚起請文」の「ただ一向に念仏すべし」の「ただ」です。お念仏を「ただ」称えていくうちに迷いや嘘、偽りが自然となくなり、阿弥陀さまの救済の力を信じる心が身についてくるのです。

信仰上で大事な心は「願心」だと法然上人は言っておられます。ひたすら往生を願ってお念仏を称えていくうちに、念仏一筋に身を投げ出していける人にならせてもらえるのがお念仏の働きであります。病気になった時にも、もっと重い病気にかかるはずだったのに、阿弥陀さまのおかげでこのように軽くて済んだと受け入れられると言っておられます。

お念仏には真に宗教的な人格を作る力があります。『観無量寿経』に「もし念仏する者は当に知るべし、この人はこれ人中の分陀利華(ふんだりけ)なり」とあります。分陀利華とは泥の中で清らかに咲く白蓮華のことです。善導大師は『観経疏』でこれを注釈し、白蓮華になった人は、好人(こうにん)・妙好人(みょうこうにん)・上上人(じょうじょうにん)・希有人(けうにん)・最勝人(さいしょうにん)であると称賛しています。

心をいたして専らお念仏を称えることで、ものの見方、考え方が違ったものになり、自分の人格が新しいものに変わります。ありのままでお念仏を称えると、心はもっと清く美しくなっていくでしょう。



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