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法然上人と知恩院

伊藤唯眞猊下のお言葉

2017年4月

『恵心僧都源信さまを偲ぶ』総本山知恩院門跡 伊藤唯眞

法然上人御堂で二月十七日、森川宏映天台座主の御導師のもと恵心僧都(えしんそうず)源信(げんしん)さま報恩一千年忌をさせて頂きましたことは知恩院にとり歴史的なことであります。私も昨年五月、比叡山延暦寺根本中堂で浄土宗のものとしての法要を勤めさせて頂いており、今度は座主が知恩院で法要をされたわけであります。

源信僧都(九四二〜一〇一七)は、日本における浄土教思想の大成者です。その著『往生要集』は、法然上人が往生浄土の教えに深く入っていかれるきっかけとなった本であり、念仏の教えの流れは、中国から比叡山へ、比叡山から東山の地へ、そして全国へと伝わっていきました。お念仏の流れをひいたものが宗派を超え一千年の法要を勤めるのは本当にありがたい縁だと思っています。

『往生要集』を開くと、すぐ「それ往生極楽の教行は、濁世(じょくせ)末代の目足(もくそく)なり。道俗貴賤、誰か帰せざる者あらん。ただし顕密の教法は、その文(もん)、一にあらず。事理の業因、その行これ多し。利智精進の人は、いまだ難しと為さざらんも、予が如き頑魯(がんろ)の者、あに敢てせんや」とあります。お釈迦さまの教えを正しく実践する人も悟りを得る人もいない末法が迫る中、生き抜くためには浄土の教えしかない、と強調されています。「厭離穢土(えんりえど)」「欣求浄土(ごんぐじょうど)」「別時念仏」などの編があり、多くの念仏を称えることの大切さを指摘されています。

法然上人は『往生要集』を熟読され、唐の善導大師が「命終わるまで念仏を相続するものは十人が十人ながら、百人が百人ながら往生できる」と説かれていることを知り、その後、『観経疏(かんぎょうしょ)』散善義の一文により念仏行が弥陀の本願にかなう行だと確信、浄土宗を開かれました。また、法然上人の著『選択本願念仏集』の題のすぐそばに「往生之業 念仏為先」と書かれていますが、同様の言葉はすでに『往生要集』に出ています。

ともかく法然上人は『往生要集』を指南とされて新しい一歩を踏み出されたわけで、ここに報恩感謝を込めて源信僧都の遺徳を偲ぶものであります。



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