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法然上人と知恩院

伊藤唯眞猊下のお言葉

2017年11月

『念仏をかみまぜて』総本山知恩院門跡 伊藤唯眞

上野国(こうずけのくに)(群馬県)の御家人である薗田太郎成家(そのだのたろうしげいえ)は、武芸に励み、弓で狩りをすることを得意としていました。正治2年(1200)、大番役として京都に上った時に法然上人と出会い、狩りや戦陣で生き物を殺傷して罪悪の限りを尽くした悪人でも、念仏を称えることで救われるという浄土の教えを受け、その年の10月に28歳で出家し、智明(ちみょう)と名乗りました。元久2年(1205)、本国に戻り、酒長(すなが)の御厨(みくりや)の小倉村(桐生市)で武士や家来たち二十余人を教え導き、自分と同じように出家させ、ひたすら念仏に励む生活を送っていました。

上野国の山里には鹿(しし)が多く、住民たちは田畑の周りを囲み、稲の実を食べられないように防いでいました。そんな中、智明は一番収穫の良い水田三町に稲を育て、鹿田と名付けて、鹿に食べさせ、念仏を田植え歌にしました。

晩年、智明は病を患い、弟の俊基(としもと)を呼び出し、「あなたも武士であり、罪深い人間であるから、たとえ鹿や鳥の肉を口にしても、念仏をかみまぜて食事をするようにしなさい。敵に向かって弓を引く時にも念仏を忘れてはいけません」と最後の教えを遺し、息を引き取りました。

ところで『百四十五箇条問答』には、「韮(にら)、蒜(ひる)(にんにく)、葱(き)(ねぎ)、宍(しし)(肉)など臭いがあるものを食べた時でも念仏を称えてよいのでしょうか」また「魚、鳥、宍を喰らうのは罪になるのでしょうか」といった庶民からの質問が寄せられています。法然上人の答えは、ご質問の点は念仏の立場からすればなんら支障ありませんというものでした。「念仏はなににも障(さわ)らぬ事にて候」と仰っています。

私たちも食事の時には素材を味わうだけでなく、念仏をかみまぜて心の味付けをし、心身に栄養をつけたいものです。智明の「念仏をかみまぜて」の言葉は味わい深いものです。



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