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法然上人と知恩院

伊藤唯眞猊下のお言葉

2017年12月

『本願の宮仕(づか)い』総本山知恩院門跡 伊藤唯眞

源頼朝の妻である北条政子は、頼朝の死後剃髪し、鎌倉幕府を守ることに尽力した女性です。将軍家を守る立場のものとして、武門の統率と信仰問題の狭間で様々な苦労を抱えていました。当時は幕府により念仏が禁止され、身内の中でも念仏に反対し、旧仏教を信仰している人が多くいました。このような時、政子は念仏の功徳や他善根(たぜんごん)などについて、ある僧を通じて法然上人に尋ねることがありました。

その問いに対して、法然上人はおよそ次のようにお答えになりました。「念仏の功徳はとても大きく、お釈迦さまでさえ説き尽くすことは難しいとおっしゃっています。阿弥陀仏の本願は、すべての人々を区別することなく平等におこされたものです。また、三宝が滅尽した時代の人たちでも、専修念仏だけが現世と来世の祈りの行となります。それゆえ私のところに来て、浄土への往生を尋ねる人には、知識がある、無智であるなど関係なく、ただひたすら専修念仏を勧めています」

「現世のことを祈るために、念仏の他に神仏にお願いしたり、経典を読んだり、お堂を建て仏像を造ったりすることは専修念仏を妨げる行ではありません」

「ただ南無阿弥陀仏の六字の名号を称えるだけの中に、あらゆる諸行がおさまっているのです。常に念仏を心にかけることが、浄土に往生するための行なのです」

「念仏をやめさせようとしている人は、仏の教えをそしり、成仏に縁のない無信仰な人であります。念仏の勤めを信じない人に会った時には、しいて念仏のことは話してはいけません。宗教間の討論もしてはいけません。相手を罪深い人にするからです」

「この世で財産が乏しい人には、力をそえて差し上げてください。少しでも念仏に心をかける人がいれば、一層念仏をお勧めしてください。すべて弥陀の本願に対してのご奉仕であるとお思いください。身内の人には、九品往生のための行をその人相応に勤められるようにお勧めください」

このように法然上人は政子に対して、周辺の人々の念仏への誤解を正し、身内へ積極的に念仏を勧めるよう応答しておられたことがうかがわれます。



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