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名宝・文化財/見どころ

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建造物

集会堂(法然上人御堂) (重要文化財)

修理を終えた直後の集会堂
▲ 修理を終えた直後の集会堂

集会堂(しゅうえどう)は、往古は「衆会堂」とも称し、寛永12年(1635)に建立されました。俗に千畳敷といわれるほど広いお堂で、御影堂の北側に隣接し、南北十五間の鴬張りの渡り廊下で御影堂と結ばれています。明治5年(1872)の京都博覧会の会場にもなりました。

過去数度の修理が行われましたが、前回の修理(大正13年)から80年以上が経過しており、平成17年に元祖法然上人800年大遠忌に際しての半解体修理に着手。平成23年に半解体修理が完成し、新たな歴史を迎えることになりました。

永く僧侶の修行の場として使用されてきましたが、平成24年から本格的に行なわれる国宝・御影堂の大修理の間、集会堂の御本尊には御影堂の法然上人にご遷座いただき、これまで御影堂で行われていた各種法要などは集会堂で執り行われます。

「法然上人御堂」

総本山知恩院では元祖大師御尊像をおまつりする集会堂を、御影堂修理工事の期間に限り「法然上人御堂」(ほうねんしょうにんみどう)と称することになりました。 御尊像は工事終了まで法然上人御堂にご安置します。御厨子(おずし)は常に開いておりますので、より近くでご尊顔を拝んでいただくことができます。

法然上人御堂

知恩院集会堂年表

逆算 記事
寛永10年(1633) 377 焼失
寛永12年(1635) 375 徳川家光公により再建
寛文11年(1671) 339 屋根瓦修理(銘文による)
元禄14年(1701) 309 屋根瓦、梁補強修理(墨書、銘文による)
宝暦10年(1760) 250 屋根瓦修理(銘文による)
文政10年(1827) 183 屋根西妻修理(銘文、文書による)
天保6年(1835) 175 文政13年(1830)の災害復旧修理
小屋、屋根、壁他修理(墨書、文書による)
明治34年(1901) 109 修理(墨書、銘文による)
大正13年(1924) 86 修理(墨書、銘文による)
平成17年(2005) 5 7月、半解体工事着手
平成23年(2011) 0 完成。2月24日落慶法要奉修。

集会堂内陣復元された上段の間

▲(左)整えられた集会堂内陣・(右)復元された上段の間


修復

修復

▲ 修復中の集会堂(上・下:屋根)

建立

徳川家康公の命により、慶長8年(1603)から慶長15年(1610)の間に建立。寛永12年(1635)三代将軍家光公の再建

修理

寛文11年(1671)、元禄14年(1701)、宝暦10年(1760)、文政10年(1827)、天保6年(1835)、明治34年(1901)、大正13年(1924)、平成17年(2005)

構造形式

桁行/42.9メートル 梁間/23.7メートル 棟高/16.9メートル
一重 入母屋造 本瓦葺

面  積

約1017平方メートル(含回廊)

※重要文化財指定 明治43年(1910)8月29日

コラム ~ 集会堂増床

集会堂増床
▲ 白い点線部分にあらたに床を設けました

これまで御影堂で執り行ってきた法要や諸行事などを集会堂で行うため、平成23年12月、集会堂では床面を広げる増床工事が行われました。
御影堂は平面積で、集会堂のおよそ約1.5倍の広さを持っています。増床工事は、御影堂大修理の期間中にも多くの方々に堂内でお参りいただけるよう、集会堂の外陣を広げる形で施工されました。
集会堂は重要文化財に指定されており、増床工事では中央廊下の屋根をはさんで、従来のお堂に東西約51メートル、南北約16メートルの床面を新たに追加。この増床工事により、集会堂は御影堂とほぼ同じ広さを持つお堂になりました。


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