English
文字サイズ フォント小フォント大

おてつぎ運動

特集記事

2015年2月

『泣きたいときには泣いていい』静岡教区蓮馨寺 掬池友絢

友絢さんとお茶を飲む日

友絢さんとお茶を飲む日

平日夜、東京都内の一室に、20代から40代ぐらいの女性たちが集まってくる。その輪の中心にあるのは一人の尼僧の姿。掬池友絢(きくちゆうけん)さん(39)だ。

「三毒の煩悩のために私たちは苦しみます。三毒とは貪(とん)(むさぼり)・瞋(じん)(いかり)・癡(ち)(おろかさ)です」と、仏教の教えをわかりやすく説いたあと、一転して和やかな表情になり、「ところで皆さん、最近ムカついたことってありませんか?」と気さくな言葉で話しかける。

「今日会社の上司が……」と一人が答えると、「最近彼氏に浮気されて……」と別の女性も心を開く。悩みの一つ一つに寄り添い、ときに仏典の言葉をもとに生き方のヒントを提案していく。

この女性限定のお話し会「友絢さんとお茶を飲む日」(主催「寺子屋ブッダ」)は、1年半前から毎月1度のペースで行われてきた。「都市部の同世代の女性を見ていると、女性の社会進出が進んだ分、頑張りすぎている人が多い」と感じていた掬池さん。話を聞いてみると「結婚・妊娠・出産などの悩みも女性同士なら本音で語り合える」「挫折を経験し、それにめげずに回復しようとする人が来てくれる」とわかった。「仏典には当たり前のことが説かれている。つらいときにその当たり前のことに立ち返り、『やっぱり間違ってなかった』と気づく瞬間を持ってもらえれば」と仏縁を育んできた。

心が落ち着く瞬間

掬池さんは静岡教区蓮馨寺(れんけいじ)(静岡県三島市)の三人姉妹の次女として生まれた。

小さいころからお寺の中で暮らし、中学・高校はキリスト教系の学校に通った。宗教が身近にある環境に生きたおかげで、「反抗期の子どもだって、礼拝堂に行くと手を合わせて自分を省みる」「自分を見つめる時間があれば、自然と心が落ち着いていく」と実感し、宗教は人間にとって大切なものだと知った。両親は跡を継ぐことを望んだわけではなかったが、高校生のときに自分から「お坊さんになりたい」と伝え、大正大学に進学、在学中に加行を成満して僧籍を取得した。

浄土宗では僧侶の9割が男性だ。僧侶イコール男性のイメージがあるなかで、「婿をとってほしい」という視線を感じたり、「つらい経験から出家されたんですか」と偏見を受けたりすることも。そんな周囲からの先入観に悩んだ時期もあったが、「まわりの期待に応えて形だけを整えても幸せになれない。それよりも自分ができることを」「男性中心の社会を切り開いていこうと意気込むのではなく、足元にある縁を大切にしたい」と発想を転換。そうしたら肩の力を抜いて生きられるようになった。

泣きたいときには
泣いていい

「友絢さんとお茶を飲む日」のほかにも、掬池さんは毎月1回蓮馨寺で念仏会を開くなど、檀家さんと親しく交流し情報交換する時間を積極的に設けている。「友達だったら中立の立場に立てないけれど、僧侶なら偏りない立場で受け止められる」「生きていくのには必ず苦しみをともなう。苦しみから目をそむけるのではなく、折り合いをつけて回復していく場に立ち会いたい」という。

著書『泣きたいときには泣いていい』を出版するきっかけは、「友絢さんとお茶を飲む日」を取材した朝日新聞の記事が、講談社の目に留まったこと。「仏教を知っていただく機会が増えれば」と願い、これまでに寄せられた「お悩み」から20個を選んで、仏典をもとに「生きるヒント」をしたためた。「泣いたらだめだ」と頑なになって生きるのはつらい。しかし書名のとおり、阿弥陀さまのまえで「泣きたいときには泣いていい」と許されている自分に気づき、苦しみとともに生きていこうと思えば、人生は少し楽になる。

時間の許すかぎり、多くの人と仏縁を結び続ける掬池さん。「忙しくないですか?」と聞いてみたところ、「人の役に立てているかぎり頑張ります」と微笑む。これからも自然体のまま苦しみに近づき、寄り添い続けていくのだろう。

(取材・文 池口龍法)

掬池友絢

『泣きたいときには泣いていい
 走り続ける尼僧がすすめる「小さな実践」』

四六版、192ページ、
2014年11月27日発行、
1,296円、講談社

プロフィール
掬池 友絢(きくち ゆうけん)
1975年静岡県生まれ。大正大学人間学部臨床心理学専攻卒業。静岡教区蓮馨寺(れんけいじ)所属。「お念仏の会」や「お寺BBQ」をはじめお寺を基点としたコミュニティ活動も行うほか、ILAB(国際仏教婦人会)の役員を務め、傾聴に取り組む宗教者の会(KTSK)では被災地支援に参加。都内では恵比寿周辺で「友絢さんとお茶を飲む日」(月1回)の講師を務める。


▲ ページのトップへ