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おてつぎ運動

特集記事

2017年3月

『文化財と心のやさしさ』京都国立博物館館長 佐々木丞平

知恩院を訪ねた人は、まず国宝三門を見上げてその威容に心を打たれる。門をくぐるときには自然と清浄な気持ちになる。仏教と文化財は、分かちがたく結びついて発展してきた。

文化財はなぜかくも私たちの心を魅了するのか。京都国立博物館館長の佐々木丞平氏に話をうかがった。

(聞き手:知恩院執事 鶴野重雄)

後世に遺していくために

阿弥陀二十五菩薩来迎図(早来迎)
国宝 一幅 鎌倉時代 13~14世紀 知恩院蔵

鶴野重雄 知恩院執事(以下、鶴野):歴史好きの女性が「歴女」と呼ばれ、仏像などを好む女性が「仏女」と呼ばれるように、文化財への関心は近年高まってきています。

佐々木丞平 京都国立博物館館長(以下、佐々木):政府も「観光立国」を打ち出しています。観光というとすぐ思いつくのが文化財ですし、その文化財がたくさんあるのが京都です。京都にある文化財を中心に国をつくっていくというのは悪いことではありませんが、「楽しければいい」という態度で観光に来られると困ります。文化財を消費するだけだと、いつかはなくなってしまいますから。

鶴野:短期的な経済効果に目が行きがちですが、文化財への還元を考えないと、ということですね。

佐々木:その通りです。文化財は保存設備に万全を期していても、劣化します。したがって、これを遺していくためには、修理保存をしなければなりません。観光と文化財の保護は、セットにして考えるべきです。

私は、お正月早々に知恩院に寄せていただきましたが、よくこれだけの文化財を管理されていると感じました。宗教的な使命感があればこその文化活動でしょう。本当によく努力されていると思います。

鶴野:伊藤唯眞御門跡猊下は、「文化財をしっかり管理しなさい」とおっしゃっておられます。知恩院では少しずつ意識が高くなってきています。

また、私どもとしては、ただ拝観して終わりではなく、仏像、絵、写経など一つ一つの文化財の裏側まで知ってほしいですね。機関誌「華頂」に「知恩院の至宝」を連載していただいているのは、その希望にかなう内容になっており、感謝しています。

心のやさしさを育む

法然上人絵伝
国宝 四十八巻のうち巻三十七(第五段) 鎌倉時代 14世紀 知恩院蔵

佐々木:日本の文化財保全のための予算は、諸外国に比べて、5分の1~10分の1しかありません。これを外国並みにしていきたいのですが、政治家に聞くと「税金を使う以上は国民が求めないと……」と言われるんです。皆さんに文化財の大切さを認識してほしいですね。

鶴野:日本は外国から侵略され制圧されたことがないため、文化が失われることなく続いてきましたし、仏教もそのなかで馴染んできました。しかし、そのために文化や文化財の良さを教えないので、保存しようという土壌が作られていません。

佐々木:私は、小中学生の学校教育で、文化と文化財の歴史、そして道徳をカリキュラムとして組み込んでいく必要があると考えています。

鶴野:学校で教えることで、保存する意識は高まっていくでしょうね。

日本人の心の中に「やさしさ」や「おだやかさ」の感情があります。これは文化によって心を揺り動かされていただいていく感情だろうと思うのです。

佐々木:「華頂」1月号の巻頭で、伊藤猊下が「やさしさ」について語っておられます。「やさしさとは仏教でいう慈悲であり、これをいま一番大切にしなければいけない」と。(『伊藤唯眞猊下のお言葉』2017年1月) 私はこの言葉に共感します。文化が発展して、しずくが垂れてくると「やさしさ」を生みます。「やさしさ」のしずくが満ちてくると、文化がよく理解できるようになります。

鶴野:何一つ置かれていない部屋は無味乾燥ですが、そこに絵や花が置かれると潤いが生まれてきます。ある学校の先生が「大学受験のための知識や学問だけで心は豊かにならない。音楽や書や絵画やらに触れて心が揺り動かされて、感動することが大切だ」とおっしゃっていたのですが、これはすごく的確な言葉だと思います。

佐々木:人間の心が調ってくれば、文化が大切だということは自然とわかってくるんです。これが一番の基本なのです。

鶴野:今日はどうも有難うございました。

 

『知恩』誌3月号にこの対談をさらに詳しく掲載しています。あわせてお読みください。

プロフィール
佐々木 丞平(ささき じょうへい)
1941年、兵庫県生まれ。京都大学大学院文学研究科修了後、京都府教育委員会、文化庁で文化財保護行政に携わる。その後、京都大学大学院文学研究科教授を経て現在、独立行政法人国立文化財機構理事長・京都国立博物館館長。著書に「与謝蕪村」「池大雅」「浦上玉堂」「円山応挙研究」など。


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