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おてつぎ運動

特集記事

2017年6月

『生活を共感し、共に生きてゆく』

香川県高松市の南部に位置する仏生山町(ぶっしょうざんちょう)。江戸時代に高松藩主松平家の菩提寺である法然寺の門前町として栄え、素麺作りが盛んな地域だった。法然寺境内には、仏生山の麺の歴史を継承する地元で人気のうどん屋がある。

広がる支援の輪

うどん屋「竜雲」。土日のお昼時には行列ができることもある

美しい眺めの境内。法然上人800年遠忌記念事業として、
平成23年に建立された五重塔がそびえる

平成3年に仏生山で最後の素麺業者が廃業となり、機材一式と麺作りのノウハウを譲り受けたことがうどん屋「竜雲(りゅううん)」の始まりだった。当初は本堂前で素麺だけを作っていたが、5年後に境内の入口近くに移転し、平成21年には建物やメニューなどを大きくリニューアル。新感覚のつけうどんや中華麺が好評で、老若男女、気軽に立ち寄れる人気店となった。宣伝は特にしていないというが、和を基調とした落ち着いた雰囲気、窓から見える四季折々の美しい風景に魅了され、人々が自然と集まるのだろう。

一般店と変わらないサービスを提供するこのお店、実は法然寺を母体とする社会福祉法人「竜雲学園」が運営し、施設の利用者14名が働いている。軽度な障害のある人が、就労に対する意欲や技能を高め、地域で自立した生活ができることを目指している。接客、調理、清掃などの役割を分担し、基本的には同じ仕事を一人が毎日担当。職員は、接客時などに起こるトラブルも、自信を持って働くための経験だと考え、温かく見守りながらサポートする。開店した頃からずっと働いている利用者もいて、職員と利用者がみんなでアイデアや意見を出し合い、お店を作り上げてきた。利用期間に制限はないが、昨年は1名の女性が一般企業のケーキ屋に就職し、周りは大きな刺激を受けたという。

学園の中には、麺の製造から納品・販売の工程を行い、2年間で仕事に必要なスキルを学ぶ施設もある。この日は午前中に製麺作業を終え、午後からはハローワークの求人を探す実習が行われていた。真剣な表情で取り組んでいた左達(さだち)和樹さん(24)は「うどんを作って販売する中で、お客さんと接する楽しさを学びました。将来は接客業に就きたいです」と意欲的に話す。技術面だけでなく、言葉づかいやあいさつ、コミュニケーション力なども身に付け、あと1年で就職を決めて卒業することが目標だという。

「竜雲学園」50年の歩み

人気商品の「担々つけうどん」。
盛り付けは雲をぬける竜をイメージしている

半生うどんは3日間掛けてこだわりの製法で作る

竜雲学園は、境内にある建物を含め、9つの障害者支援施設と老人ホームを運営する。創設者は法然寺第27世住職の故・細井照道(しょうどう)さん。高松藩主初代松平頼重公の法名から「竜雲」と名づけられた。昭和40年4月、福祉に対する世の中の関心がまだ低かった頃に、法然上人750年遠忌記念事業として、定員40名の知的障害の子どもの施設を作り、福祉事業の先がけとなった。中学校旧校舎を移築した施設は、仏さまの力に育まれて生活できるように、本堂のご本尊に向かって建てられた。

その後、成長した子どもの受け皿として、更生施設「竜雲少年農場」、通所授産施設「竜雲かしのき園」ができた。2代目理事長で法然寺第28世住職の故・細井俊明(しゅんみょう)さんは、「知的障害のある人たちの生活の基盤は農業及び酪農に置くべきだ」という発想のもと、梅雨がなく、広々とした所で牛を放し飼いにできる北海道に「竜雲知床農場」を開設(昭和59年から平成22年)。平成に入ってからは、少子高齢化の影響もあり、子どもの施設を廃止し、大人の知的障害者を対象とした入所施設や、「学園を支えてくれた地域の方にお返ししたい」という思いから、特別養護老人ホームを開いた。

学園の常務理事で法然寺第29世住職の細井俊道(しゅんどう)さん(63)は、「代々の理事長の志を受け継ぎ、今では職員が200名になるほどの大きな施設となりました。建物の老朽化や山の中にある施設の災害対策が課題です」と苦労も多いようだが、この半世紀、地域と共に成長し、発展してきた学園とお寺を支え続けている。

「生活を共感し、共に生きてゆく」──竜雲学園の理念である。一人ひとりが自分の力を発揮し、世の中に貢献することで、人も町も社会全体が輝く。法然寺には、障害がある人もない人も、共に生きる社会が広がっている。

(取材・文 国松真理)



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