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おてつぎ運動

特集記事

2017年9月

『信仰文化の豊かな未来を願って』

新谷和義社長(左)と大㟢順敬執事(右)。御影堂にて

平成31年の完成に向けて修理が続く国宝御影堂。瓦屋根はすべて葺きあがり、現在は、堂内の仏具荘厳の修理が進められている。法然上人御影をご安置する宮殿(くうでん)、内陣に吊り下げられた人天蓋(にんてんがい)や幢幡(どうばん)、徳川家ご歴代をお祀りするお厨子など、主要な仏具荘厳の修理に携わっている株式会社若林工芸舎の新谷和義代表取締役社長に話をうかがった。


御影堂脇壇の徳川家康公のお厨子(表紙写真)から
発見された「寛永十六年」の銘(写真上)と、
人天蓋の「寛永拾六年」の銘(写真下)

大﨑順敬執事(以下、大﨑):御影堂の仏具荘厳を修理していく過程で、人天蓋や徳川家康公のお厨子から、「寛永16年」という墨書が見つかりました。これは、重要な発見でした。というのも、御影堂が寛永16年(1639)に再建されたことは知られていましたが、年代を示す文字はこれまで堂内に確認されていなかったからです。このこと一つとってみても、株式会社若林工芸舎さんが、本当に丁寧に作業の手を進めてくださっているのだと思います。

新谷和義代表取締役社長(以下、新谷):有難うございます。天保元年(1830年)に創業した老舗・株式会社若林佛具製作所から、文化財修理、社寺内装・外装工事を専門的に行う部門として13年前に独立したのが弊社です。といっても、急に文化財保全を手掛けるようになったわけではありません。建築史家の内藤昌(ないとうあきら)さん(1932~2012)に声をかけていただいて、平成4年の「スペイン・セビリア万国博覧会」で安土城天主の展示のお手伝いをしたりするなかで、仏壇・仏具の制作で培った技術は、広く文化財の維持に生かされていくべきだと考えるようになりました。

大﨑:今回の修理工事では、文化財の維持に特に配慮しています。若林工芸舎さんのほうで文書の記録を残してくださっているほか、知恩院としても映像を撮影しています。これらの資料は、後々の時代に再び修理をする際にきっと役立つはずです。

新谷:資料を遺しておくこととあわせて、正しく修理された文化財が存在するということが、後世の技術者にとってなによりの“教科書”になります。御影堂の仏具荘厳ももちろん“教科書”となるよう、ヒノキの柾目(まさめ)材、国産の漆、特上の一号の金箔など、すべて一級品を使用いたしました。

大﨑:仏具荘厳のなかでも、法然上人の御影をご安置する宮殿は私たちの信仰の象徴です。宮殿は袖壁を塗り込んであり、御影堂と一体になっていることがわかりました。したがって、宮殿も含めて国宝ということになります。これは知恩院としては嬉しいことですが、建物と一体になっていることで修理は困難を極めたようですね。

新谷:宮殿は、おそらく社寺を専門とする堂宮大工(どうみやだいく)の手によるもので、完全な建造物として立派に建てられています。工房に持ち帰って解体して修理することができれば、屋根をひっくり返して、組み物を外して漆を塗ることができます。しかし、今回は解体できませんでしたので、特別な工具を作って、複雑な組み物の奥まで漆を塗りました。また、漆は温度が20~25度、湿度が60~65パーセントでないと順調に乾いてくれません。広い堂内での温度や湿度の管理にも苦労しましたが、納得のいく水準で仕上げられたと思います。

大﨑:私はかねてから御影堂を「法然上人の教えを受け継いでいく建物」だと申してきましたが、瓦の葺き替えや仏具荘厳の修理を間近で見ていると、本当にそうだなぁと実感するようになりました。全国の寺院・檀信徒の皆さまから貴重な浄財をいただいておりますので、その想いに応えられるように最後までしっかりと進めてまいります。

今日はどうも有難うございました。

プロフィール
新谷 和義(しんたに かずよし)
昭和34年京都生まれ。昭和57年(株)若林佛具製作所入社、平成14年(株)若林工芸舎に転籍、平成25年代表取締役社長に就任、現在に至る。


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