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国宝・御影堂大修理

国宝・御影堂ものがたり

第4回 御影堂に残る伝説

忘れ傘

▲忘れ傘

濡髪堂正面

▲濡髪堂正面

お菓子の「忘れ傘」

▲お菓子の「忘れ傘」

大扉の落し金

▲御影堂大扉の落し金

忘れ傘

 知恩院に伝わる七不思議の中で最も有名なものといえば、「忘れ傘」でしょう。御影堂正面東側より軒裏を見上げて、よく目をこらしていただければ、既に骨だけとなった一本の傘の先が目に入ります。何故こんな人の手の届かないところに傘が忘れられているのでしょうか。これには二通りの伝説があります。
一つは、江戸初期の伝説の名工・左甚五郎(ひだりじんごろう)が御影堂を建てた際に、魔性をさえぎる力があるとされた傘を魔除けとして置いていったのだという説。この左甚五郎は、実在の人物とも、腕利きの彫刻職人の象徴化された存在だろうともいわれ、落語や講談などで多くとりあげられている人物です。
もう一つ興味深いのが、御影堂再建以前の地に住んでいた白狐が置いていったという説。
今の御影堂が当山第三十二世の霊巖(れいがん)上人によって再建され、その落慶法要という時、大雨の中に傘を持たない童子がずぶ濡れになってやってきました。この童子は実は白狐の化身で、住処を追われたことを恨みに思い、仕返ししようとやってきたのですが、霊巖上人の法話を聴いている内にすっかり改心してしまいました。そして、霊巖上人が貸してくれた傘を軒裏に置き、「これからは知恩院を守る」という証を立てたのでした。霊巖上人は白狐を濡髪童子(ぬれがみどうじ)と名づけ、山上に濡髪堂を建立し、篤くお祀りしたといいます。この濡髪堂は、その語感からか、今では縁結びをはじめ、さまざまな願い事をする若い人々の参詣が絶えません。
また、この「忘れ傘」をモデルとして作られたお菓子で、中にこしあんの入った傘の形をした最中(もなか)が知恩院の売店でも売られているので、このようなエピソードとともに、参拝のお土産にいかがでしょうか。

大扉の落とし金

 御影堂の大扉下部には落とし金があり、そこには細かな意匠の施された小さな飾りがついています。その形はといえば、亀と河童(かっぱ)とセミ(写真4)。いずれも水に関係した生き物で、防火の願いが込められた装飾だといわれています。セミについては蝉時雨という夏の季語や、捕まえようとして逃げられた時のことを連想してみてください。
ひとつひとつ丁寧に細工が施されたこれらの装飾物を見ていると、御影堂を建立した職人のユニークな遊び心と、多くの人に永年親しんでいただこうという深い思い入れが伝わってくるようです。 

   落し金 (左)河童と(右)セミ

▲落し金 (左)河童 (右)セミ



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