法然上人のお言葉

前篇
第三十章

一期勧化いちごかんげ

私の遺跡を一箇所に限ってはならない。念仏の声する所みなわが遺跡である。

(勅伝第三十七巻)

御法語

法蓮房ほうれんぼうもうさく、「古来こらい先徳せんとくみなその遺跡ゆいせきあり。しかるにいま精舎しょうじゃ一宇いちう建立こんりゅうなし。御入滅ごにゅうめつのち何処いずくをもてか御遺跡ごゆいせきとすべきや」と。

上人しょうにんこたたまわく、「あといちびょうむれば遺法ゆいほうあまねからず。遺跡ゆいせき諸州しょしゅう遍満へんまんすべし。ゆえいかんとなれば、念仏ねんぶつ興行こうぎょう愚老一期ぐろういちご勧化かんげなり。されば念仏ねんぶつしゅせんところは、貴賤きせんろんぜず、海人かいにん漁人ぎょにん苫屋とまやまでも、みなこれ遺跡ゆいせきなるべし」とぞおおせられける。

現代語訳

法蓮房ほうれんぼうもうさく、「古来こらい先徳せんとくみなその遺跡ゆいせきあり。しかるにいま精舎しょうじゃ一宇いちう建立こんりゅうなし。御入滅ごにゅうめつのち何処いずくをもてか御遺跡ごゆいせきとすべきや」と。

法蓮房信空が〔法然上人に〕申すことには、「古来の徳ある先人は、どなたにもその遺跡があります。ところが、今のところ〔上人には〕寺院の一つも建立されておりません。ご入滅の後には、どこをご遺跡とすべきでしょうか」と。

※遺跡=過去の出来事や人物の記念として定めた場所や建物。ここでは、ゆかりの寺院。

上人しょうにんこたたまわく、「あといちびょうむれば遺法ゆいほうあまねからず。遺跡ゆいせき諸州しょしゅう遍満へんまんすべし。ゆえいかんとなれば、念仏ねんぶつ興行こうぎょう愚老一期ぐろういちご勧化かんげなり。されば念仏ねんぶつしゅせんところは、貴賤きせんろんぜず、海人かいにん漁人ぎょにん苫屋とまやまでも、みなこれ遺跡ゆいせきなるべし」とぞおおせられける。

上人がお答えになるには、「遺跡を一つの廟堂に限ってしまうと〔私の〕遺す教えは行き渡りません。私の遺跡は諸国に広く行き渡った方がよいのです。なぜかといえば、念仏の盛行せいこうは私の生涯をかけた教化活動だからであります。それゆえ、念仏の声するところは、貴賤を問わず、漁師たちの質素な家までも、すべて私の遺跡とすべきです」と。

※占む=敷地とする。占有する。