法然上人のお言葉

前篇
第二十九章

対治慢心たいじまんしん

「私ほどの念仏者はあるまい」と慢心することは、阿弥陀仏の力で往生する身として相応しくない。

(勅伝第二十一巻)

御法語

まことしく念仏ねんぶつぎょうじて、げにげにしき念仏ねんぶつしゃになりぬれば、よろずのひとるに、みなこころにはおとりて、あさましくわろければ、のよきままに、「われはゆゆしき念仏ねんぶつしゃにてあるものかな。誰々たれたれにもすぐれたり」とおもうなり。このこころをば、よくよくつつしむべきことなり。

ひろく、ひとおおければ、やまおくはやしなかこもて、ひとにもられぬ念仏ねんぶつしゃの、とうとくめでたき、さすがにおおくあるを、かず、らぬにてこそあれ。

されば、「われほどの念仏ねんぶつしゃ、よもあらじ」とおもう、僻事ひがごとなり。このおもいは大憍慢だいきょうまんにてあれば、すなわ三心さんじんくるなり。またそれを便たよりとして、魔縁まえんたりて往生おうじょうさまたぐるなり。

これ、のいみじくて、罪業ざいごうをもめっし、極楽ごくらくへもまいることならばこそあらめ、ひとえ阿弥陀仏あみだぶつ願力がんりきにて、煩悩ぼんのうをものぞき、罪業ざいごうをもして、かたじけなくずからみずか極楽ごくらくむかりて、かえらせましますことなり。

ちからにて往生おうじょうすることならばこそ、「われかしこし」という慢心まんしんをばこさめ、憍慢きょうまんこころだにもこりぬれば、心行しんぎょうかならあやまゆえに、たちどころに阿弥陀仏あみだほとけがんそむきぬるものにて、弥陀みだ諸仏しょぶつ護念ごねんたまわず。さるままには、悪鬼あっきのためにもなやまさるるなり。

かえがえすもつつしみて、憍慢きょうまんこころこすべからず。あなかしこ、あなかしこ。

現代語訳

まことしく念仏ねんぶつぎょうじて、げにげにしき念仏ねんぶつしゃになりぬれば、よろずのひとるに、みなこころにはおとりて、あさましくわろければ、のよきままに、「われはゆゆしき念仏ねんぶつしゃにてあるものかな。誰々たれたれにもすぐれたり」とおもうなり。このこころをば、よくよくつつしむべきことなり。

まじめに念仏を行い、いかにもそれらしい念仏者になると、多くの人を見るにつけ、みな自分の心より劣り、あきれる程ひどいので、自分をよしとする思いにまかせて、「私はなんと立派な念仏者なのだろう。だれよりも上だ」と思うようになるのです。こうした心こそ、よくよく慎むべきなのです。

ひろく、ひとおおければ、やまおくはやしなかこもて、ひとにもられぬ念仏ねんぶつしゃの、とうとくめでたき、さすがにおおくあるを、かず、らぬにてこそあれ。

世間も広く、人も多いので、山の奥、林の中に隠れ住み、人にも知られていない念仏者で貴く素晴らしい方が、やはり多くいるのを、自分が聞かず、知らないだけのことなのです。

されば、「われほどの念仏ねんぶつしゃ、よもあらじ」とおもう、僻事ひがごとなり。このおもいは大憍慢だいきょうまんにてあれば、すなわ三心さんじんくるなり。またそれを便たよりとして、魔縁まえんたりて往生おうじょうさまたぐるなり。

ですから「私ほどの念仏者は、まさかあるまい」と思うのは心得違いです。この思いは大変な思い上がりなので、つまりは三心も欠けることになるのです。またそれをよいことにして、悪魔が近づき、往生を妨げるのです。

※便り=都合のよい状態。便宜。

これ、のいみじくて、罪業ざいごうをもめっし、極楽ごくらくへもまいることならばこそあらめ、ひとえ阿弥陀仏あみだぶつ願力がんりきにて、煩悩ぼんのうをものぞき、罪業ざいごうをもして、かたじけなくずからみずか極楽ごくらくむかりて、かえらせましますことなり。

この思い上がりも、自分が優れているために、〔自力で〕罪業をも滅し、極楽にも往生できるというなら仕方ないかもしれませんが、ひとえに阿弥陀仏が、その本願の力によって〔念仏者の〕煩悩をも除き、罪業をも消して、もったいなくもみずから極楽へ迎え取って、お帰り下さるのです。

ちからにて往生おうじょうすることならばこそ、「われかしこし」という慢心まんしんをばこさめ、憍慢きょうまんこころだにもこりぬれば、心行しんぎょうかならあやまゆえに、たちどころに阿弥陀仏あみだほとけがんそむきぬるものにて、弥陀みだ諸仏しょぶつ護念ごねんたまわず。さるままには、悪鬼あっきのためにもなやまさるるなり。

自分の力で往生するというならば、「私は勝れている」という慢心を起こしても仕方ないかもしれませんが、思い上がりの心が起こっただけで、心も行も必ず道を外れるので、たちまち阿弥陀仏の本願に背くことになり、阿弥陀仏も諸仏もお守り下さいません。そのままでは悪鬼にも悩まされるのです。

かえがえすもつつしみて、憍慢きょうまんこころこすべからず。あなかしこ、あなかしこ。

くれぐれも慎んで、思い上がりの心を起こしてはなりません。あなかしこ。あなかしこ。

※あなかしこ=ああ恐れ多い。