鵜飼秀徳(うかい ひでのり)

鵜飼秀徳
10月26日、公益財団法人フォーリン・プレスセンター(東京都千代田区)で海外メディアを対象としたブリーフィング(講演)が行われた。テーマは“Vanishing Temples”(寺院消滅)、話者は日経BP社の記者で京都教区正覚寺副住職の鵜飼秀徳さん(41)である。
世界が注目する「寺院消滅」

公益財団法人フォーリン・プレスセンターでの
プレスブリーフィング
タイムズ紙、エコノミスト誌、ブルームバーグなど海外メディア20社以上を前に、鵜飼さんは日本のお寺がおかれている厳しい現状を丁寧に説明していく。
「日本のお坊さんは裕福だと言われますが、経済的に困窮して兼業しているお坊さんがほとんどです。私もお寺の跡継ぎでありながら記者をしています」「後継者問題も深刻です。日本に七万七千軒のお寺があるうち約二万軒は無住です。浄土宗の場合、2040年までに消滅する可能性のある市区町村に全体の25.2パーセントの寺院が存在しています」「私はこのような『寺院消滅』の現場を取材して日本全国歩いてきました」
福島県の猪苗代湖近くにある会津坂下町では、江戸時代以来、一村に一ヵ寺の形態を維持しているものの、村落の人口の減少に歯止めがかからず、いまでは一人の住職が13ヵ寺を兼務している話。長崎県の五島列島の漁師町では漁業の衰退にともなって11軒のうち4軒が空き寺になっている話。外国人記者たちは日本文化の現状についての生々しい報告を興味深く聞いた。
寺院の取材を始めた理由

愛宕山から宇久島と五島の島々を望む(長崎県佐世保市)。
かつてはクジラ漁とアワビ漁で栄えた
鵜飼さんは京都のお寺に生まれ育ち、大学時代に加行を成満して僧侶になったが、大学卒業後は都内でメディア関係の仕事に従事してきた。お寺を取材対象にするきっかけは、昨年9月、修行時代に寝食をともにした長野県松本市の知人僧侶と20年ぶりに会話したことだった。「田舎のお寺は急速に衰退しています」と聞いたとき、お寺をとりまく状況に気にかけてこなかった鵜飼さんは衝撃を受け、すぐに「寺院消滅」がいま着目されるべきテーマだと感じたという。ほどなくして知人をたずねて松本市内の過疎地をまわり、その後も半年間かけて北海道から鹿児島まで全国各地のお寺へおもむいた。お寺は清らかな空間で、生活がある程度保証されているものだと思い込んでいたが、檀家数が減れば収入は比例して減少する。貧しい暮らしを余儀なくされているお寺をたくさん目の当たりにした。
取材記事は当初、日経ビジネスオンラインのWebサイトに掲載。ビジネス情報を扱うWebサイトで寺院に関する記事が配信されるのは異例のことだが、鵜飼さんの記事は高いアクセス数を維持し続けた。今年5月には書籍『寺院消滅 〜失われる「地方」と「宗教」〜』として出版。現在まで7刷を重ねる。「寺院消滅」は単に僧侶だけが向き合う課題ではなくなり、日本の社会全体にとっての課題となった。世界からも注目を浴びている。
「消滅可能性寺院」の宗派別割合
消滅可能性都市に存在 する宗教法人数 |
全宗教法人数 | 「消滅可能性寺院」の 割合% |
|
---|---|---|---|
宗教法人数 | 62971 | 176670 | 35.6 |
天台宗 | 1062 | 2970 | 35.8 |
高野山真言宗 | 1613 | 3546 | 45.5 |
真言宗智山派 | 1053 | 2704 | 38.9 |
真言宗豊山派 | 577 | 2366 | 24.4 |
浄土宗 | 1718 | 6829 | 25.2 |
浄土真宗本願寺派 | 3273 | 10231 | 32.0 |
真宗大谷派 | 2464 | 8641 | 28.5 |
時宗 | 101 | 393 | 25.7 |
臨済宗妙心寺派 | 1139 | 3282 | 34.7 |
曹洞宗 | 5922 | 14062 | 42.1 |
黄檗宗 | 98 | 433 | 22.6 |
日蓮宗 | 1681 | 4903 | 34.3 |
日蓮正宗 | 186 | 580 | 32.1 |
仏教 その他 | 3889 | 14771 | 26.3 |
神社本庁 | 31184 | 76030 | 41.0 |
供養したいという根源的な心
失われつつあるお寺の風景を見てきた鵜飼さんだが、未来に悲観している節はない。むしろ、宗教に対するゆるぎない信頼を抱いている。
「私は北方領土問題をライフワークにし、過去三度、『ビザなし訪問団員』として現地を訪れています。北方領土交渉が難航する中、実は『墓参り』をひとつの目的にしたビザなし訪問のみが唯一の現地ロシア人との交流手段なのです。先祖を供養するということはある意味政治外交をも動かしうるわけです。『墓じまい』『直葬』など死生観の変化が騒がれていますけれど、供養したいという根源的な心はこれからも地球全体の共通意識として残っていくはずです」
しかし、お寺の現状に対しての記者らしい分析と批判も忘れなかった。
「世の中、必要なものは残ります。お寺だからという特例はありません。僧侶が怠惰であれば滅びても仕方ありません。個人的には宗派をあげて人材を掘り起こし、民間の知恵も集約していく必要があると思います」
(取材・文 池口龍法)
プロフィール
鵜飼 秀徳(うかい ひでのり)
1974年、京都市右京区にある寺院に生まれる(1996年、浄土宗教師資格取得)。現在、東京都在住。正覚寺副住職。 大学在学中よりテレビ局報道センター記者助手としてオウム真理教事件などの報道現場を経験。新聞記者を経て2004年、日経BP社に中途入社、2012年1月から経済誌「日経ビジネス」記者に。北方領土問題、東日本大震災後の東北復興(原発問題)、島嶼問題などを扱う。2015年5月、『寺院消滅 〜失われる「地方」と「宗教」〜』(日経BP)を上梓。『文藝春秋 2016年の論点』にも執筆。