※月刊『知恩』令和2年4月号~6月号掲載
エンジニアからの僧侶転身
みなさんは「お寺とテクノロジー」と聞くと、どんなことが頭に浮かぶでしょうか。ロボットにお経を読ませる? ドローンに仏像を載せる? はたまたお坊さんを派遣するインターネットのサービスでしょうか。今回はそういった目を引く話題とはちょっと違った活動について、お話ししたいと思います。
私は、長野県塩尻市にある善立寺で副住職を務めさせていただいている小路竜嗣と申します。兵庫県の一般家庭で生まれました。幼い頃からロボットが大好きで、将来の夢はエンジニアでした。大学でも機械工学を専攻し、卒業後は精密機器メーカーに就職。晴れて夢だったエンジニアになりました。

2010年メーカー在籍当時
しかしながら、ご縁というのは不思議なものです。大学時代からお付き合いしていた恋人が善立寺住職の一人娘でした。結婚を機に会社を辞め、浄土宗教師養成道場に入行、平成25(2013)年に僧侶となりました。
こうしてお寺に入った私ですが、最初、お寺の事務仕事の量に驚きました。お檀家さんの情報管理、法要などのスケジュール管理はもちろんのこと、青年会や仏教会の会議もあります。役職によっては事業計画や予算の作成、案内の発送、出欠の取りまとめも担当します。さらに宗教法人として、会計簿をつけ、毎年の税務申告も行わなければなりません。
事務員のいないお寺ではこのような仕事がお坊さんの大きな負担になっています。
墓地図リスト化で交流深める
なんとか事務仕事を減らせないものか……。そう思った私が手始めに取り組んだのは墓地図のデータ化です。それまで当山では、お参りの方々に墓地区画をお伝えする際、手書きの地図から目的の場所を探していました。
年々書き込みを加えた地図はさながら迷宮のよう。中から一つのお墓を探し出すためには10分以上かかります。さすがに10分もお待たせすると、お参りの方も苛立ちを隠せません。この問題を解決するため、墓地図を一件ずつパソコンに入力し、検索可能なリストにしました。おかげで、お待たせすることなくお墓にご案内できるようになりました。
更に、予想もしていなかった嬉しい変化が起きました。お待ちいただく時間が減った分、お参りの方々との会話が増えていたことです。故人との思い出を伺ったり、墓前で一緒に念仏を唱えたりと、親密なコミュニケーションを持てるようになったのです。
テクノロジーを活用し事務仕事を効率化すれば、仏教を伝える時間を生み出せる。将来的には、お坊さんが書類や経理に疲弊せず、布教活動に注力できる未来を築けるのではないか。その方法を探し出し、伝えることは、エンジニアから僧侶になった私ができるお寺への恩返しかも…と思い立ち、「お寺とテクノロジー活動」が始りました。それは思った以上に孤独な戦いになりました。(第1回終わり)

スキャナでペーパーレス化を進める
スマホの普及で簡単に
こんにちは。前号から「お寺とテクノロジー」についてお話しさせていだたいております。といっても、ロボットにお経を読ませよう! ではありません。経理や事務などお寺の〝裏方〞にテクノロジーを導入し、お坊さんは布教に集中できる環境づくりが目的です。名付けて〝テラテク〞。
なぜいま、テラテクなのか。これにはスマホの普及が関係します。スマホの登場により、20年前であれば、高額な設備投資が必要だったものが簡単かつ安価で導入できるようになりました。例えば、防犯カメラ。これまでは配線工事や録画設備など高額な設備が必要でしたが、今では配線・録画設備不要、コンセント一つあれば設置OKな製品が市販されています。これがあれば、配線が難しいお堂にも防犯カメラを設置でき、犯罪対策はもとより、災害時には現地に足を運ばなくても安全に状況を確かめられます。この他にも、スマホだけで使える最新技術を用いた製品がたくさんあります。
お寺向けのITイベントの企画
テラテクには最新技術の情報、企業の協力が欠かせません。ネットや学会の技術情報を集め、お話を伺うために大小様々なIT企業にメールや電話をしています。が、企業もまさかお坊さんから連絡があるとは思っていないご様子で、ひやかしだと思われ軽くあしらわれたり、返事すらないことも多々ありました。こちらの趣旨を丁寧に説明していくうちに、少しずつ、ご協力いただける企業や個人が増えてきました。
昨年からお寺向けITイベント「テラテク」を企画しております。このイベントでは、テーマに合わせて様々なIT企業に登壇いただき、会計ソフトの使い方やWEBサイトの制作方法などを教えてもらいます。また、参加者同士でお寺の課題を話し合うワークショップを行い、その解決策をお坊さんと企業が一緒に考えます。イベントの様子はNHK「おはよう日本」やネットニュースでも取り上げられ、活動を広く周知していただけたのではないかと感じています。

2017年㈱リコーのイベント
お坊さん向けに推進してきたテラテクでしたが、最近、新たな広がりを見せています。
高齢の両親が護持するお寺を東京からサポートしたいとか、故郷のお寺を盛り上げるためにイベント企画を手伝いたいといったご相談。従来ならお寺の近くに住んでいないと難しかったことが、ITを使えば遠方からお寺をサポートできるのではないか、と、お坊さん以外の方から相談を受けることもあります。多くのお寺が数名で運営され、兼務寺院が増える昨今、希望に満ちたお話であり、現在、実現に向けて施策を練っております。

2019年さくらインターネット㈱のイベント
インターネットの語源は「繋がりを紡ぐ」という意味です。無機質なモニターの向こうには必ず血が通った人がいる。遠くても手を差し伸べてくれる人がいる。人口減少、災害、疫病、来たる困難のなか、お寺の内と外はもとより、地域や国を超えた繋がりが生まれ、人と人が手を取り、助け合える、と信じております。(第2回終わり)

RPABankロボットコンテスト審査員を務めた
効率化から危機管理へ
新型コロナウイルスの感染で世界を取り巻く状況はさらに厳しくなっています。お寺の事務効率化へIT(情報技術)を使った啓蒙活動を続けていますが、この一カ月の間に「お寺がITに対応できるかどうか」は業務効率化という緩やかな領域から、危機管理という差し迫った領域にシフトしたと思います。実際、私のもとに宗派を問わず「ビデオ会議サービスを導入したい」「ネットで法要を中継するには何が必要か」などご質問をいただきました。どれも、まさに今、必要に迫られた緊迫感が伝わってきます。
私が属する松本浄土宗青年会でも、ビデオ会議アプリ「ズーム」を使い会議をしました。初のビデオ会議であり、うまく進行できるか心配しましたが、参加者にも好評のうち、終えました。
10年前では難しかったことが、現在はスマホさえあればできるようになっています。会議は今の技術で補完できます。従来の会議よりも時間・費用共に節約してできるかもしれません。ただ、会議はウェブでおこなえても、会食はウェブでは無理です。当山でも法事のお斎は全てキャンセルになりました。冠婚葬祭の食事提供の飲食店にとってはまさに死活問題です。
「テイクアウト塩尻」を発想
そこで、いつもお世話になっている飲食店を手助けしたい!との想いから、市内の有志でテイクアウト可能な飲食店をまとめたウェブサイト「テイクアウト塩尻」を立ち上げました。
公開から2週間で4000人を超える方にご利用いただくようになっています。このウェブサイトは職業、性別も多様な6名で運営しています。毎日のように、新しい店舗が更新され、商工会議所との連携もあり、綿密に情報を共有しています。でも、実は私、他メンバーと実際には一度も会ったことがありません。会議は全てチャットとビデオ会議です。2週間ほど経つと、一般ユーザーがツイッターでお店の情報を送ってくださるようになりました。今では数十名がサポートしてくれています。
テイクアウト塩尻の反響は大きく、お店からは注文が増えたとの声もありました。顔を合わせなくても、想いが同じであれば、物事を成せるのだと私自身、驚いています。暗い話題ばかりで私自身、孤独を感じることが多々ありました。しかし、活動を始めて「地域をなんとかしたい」と同じ想いの方々が数多くいること、皆さんがネットを通じて声を上げ、サポートしてくれたことが、大変ありがたく「私たちは孤独ではない」と、私に前を向く勇気を与えてくれました。

「テイクアウト塩尻」ホームページ
3号に渡り、「お寺とテクノロジー」についてお伝えしてきました。この分野はこれから一層、様々な面で話題に上がるかと思います。インターネットの語源は「繋がりを紡ぐ」であると前号でも申しました。人や社会を断絶するものでなく、人と人を繋げ、紡いでいく。そのことを私の肝要として、これからも伝えていきます。
小路竜嗣(こうじ りゅうし)
1986年、兵庫県生まれ。2010年、信州大学大学院修了。元メカエンジニア。2014年から塩尻市の善立寺副住職。テクノロジー活用で寺院効率化を伝える、寺院デジタル化エバンジェリスト(伝道師)としてWEB サイト構築セミナーやネットリテラシー啓発活動など展開中。
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