御法語
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近来の行人、観法をなす事なかれ。仏像を観ずとも、運慶・康慶が造りたる仏ほどだにも観じ現わすべからず。極楽の荘厳を観ずとも、桜梅桃李の花菓ほども、観じ現わさんこと、難かるべし。
「彼の仏、今現に世に在して成仏し給えり。当に知るべし、本誓の重願、虚しからざることを。衆生称念すれば、必ず往生を得」の釈を信じて、深く本願を頼みて、一向に名号を称うべし。名号を称うれば、三心、自ずから具足するなり。
現代語訳
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近来の行人、観法をなす事なかれ。仏像を観ずとも、運慶・康慶が造りたる仏ほどだにも観じ現わすべからず。極楽の荘厳を観ずとも、桜梅桃李の花菓ほども、観じ現わさんこと、難かるべし。
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今の時代の仏道修行者は、観想の行法を行ってはなりません。仏の姿を観想しても、運慶や康慶が造った仏像ほども、ありありと想い画くことはできません。極楽の荘厳を想い画いても、〔この世の〕桜、梅、桃、李の花や果実ほども、ありありと想い画くことは困難でしょう。
※近来=人々の能力が劣っている末法の世において。前篇第八章「末代」、後篇第三章参照。
※仏ほどだにも…べからず=運慶や康慶が造った仏像は現世では優れているが、極楽世界の仏よりは格段に劣っていることを前提とした表現。
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「彼の仏、今現に世に在して成仏し給えり。当に知るべし、本誓の重願、虚しからざることを。衆生称念すれば、必ず往生を得」の釈を信じて、深く本願を頼みて、一向に名号を称うべし。名号を称うれば、三心、自ずから具足するなり。
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「かの〔阿弥陀〕仏はいま現在、〔極楽〕世界にあって、仏となっておられる。阿弥陀仏が立てられた、深重なる誓願(第十八願)が実を結んでいることを、当然わきまえるべきである。衆生が称名念仏すれば必ず往生できる」という〔善導大師の〕解釈を信じ、深く本願を頼みとして、ひたすらに〔阿弥陀仏の〕名号を称えるべきです。名号を称えれば三心が自ずと具わるのです。