御法語
あるいは金谷の花を玩びて遅々たる春の日を虚しく暮らし、あるいは南楼に月をあざけりて漫々たる秋の夜を徒らに明かす。
あるいは千里の雲に馳せて山の鹿を捕りて歳を送り、あるいは万里の波に浮かびて海の鱗を捕りて日を重ね、あるいは厳寒に氷を凌ぎて世路を渡り、あるいは炎天に汗を拭いて利養を求め、あるいは妻子眷属に纏われて恩愛の絆、切り難し。あるいは執敵怨類に会いて瞋恚の炎、止むことなし。
惣じてかくのごとくして、昼夜朝暮、行住坐臥、時として止むことなし。ただほしきままに、飽くまで三途八難の業を重ぬ。
然れば或る文には、「一人一日の中に八億四千の念あり。念々の中の所作、皆是れ三途の業」と云えり。
かくのごとくして、昨日も徒らに暮れぬ。今日もまた、虚しく明けぬ。いま幾たびか暮らし、幾たびか明かさんとする。
現代語訳
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ある時は〔荊洲〕金谷園の花を慰みとしてはのどかな春の日を空しく過ごし、ある時は〔武昌県〕南楼閣で月を詩に詠んでは長い秋の夜をいたずらに明かすのです。
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あるいは千里の雲に馳せて山の鹿を捕りて歳を送り、あるいは万里の波に浮かびて海の鱗を捕りて日を重ね、あるいは厳寒に氷を凌ぎて世路を渡り、あるいは炎天に汗を拭いて利養を求め、あるいは妻子眷属に纏われて恩愛の絆、切り難し。あるいは執敵怨類に会いて瞋恚の炎、止むことなし。
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ある時は千里の雲の彼方まで走っていっては山の鹿を捕らえて年月を送り、ある時は万里の波間を漂っては海の魚を捕らえて月日を重ね、ある時は厳寒に氷をかき分けながら世渡りし、ある時は炎天下に汗を拭いながら財物を求め、ある時は妻子や親族にまとわり付かれて情愛の絆は断ちがたいのです。ある時は仇敵に出会って怒りの炎の消えることがありません。
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すべてこのようにして、昼夜朝暮、立ち居起き臥し、少しの間も止むことがないのです。ただ勝手気ままに、どこまでも三途八難を招く悪業を重ねてしまいます。
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然れば或る文には、「一人一日の中に八億四千の念あり。念々の中の所作、皆是れ三途の業」と云えり。
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ですから、ある経文には、「人間には、一日に八億四千の思いがわき起こる。その思いの中で行うことは、みな三途へ堕ちる悪業である」とあります。
※一人一日…三途の業=道綽『安楽集』下(『浄全』一・七〇六頁下)の引く『浄度菩薩経』に基づく表現。
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かくのごとくして、昨日も徒らに暮れぬ。今日もまた、虚しく明けぬ。いま幾たびか暮らし、幾たびか明かさんとする。
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このようにして昨日も空しく夜を迎えました。今日もまた空しく朝を迎えました。このうえ、いくたび夜を迎え、いくたび朝を迎えるのでしょうか。