御法語
それ、朝に開くる栄花は夕べの風に散り易く、夕べに結ぶ命露は、朝の日に消え易し。これを知らずして常に栄えん事を思い、これを覚らずして久しくあらん事を思う。
然る間、無常の風ひとたび吹きて、有為の露、永く消えぬれば、これを曠野に捨て、これを遠き山に送る。屍は遂に苔の下に埋もれ、魂は独り旅の空に迷う。妻子眷属は家にあれども伴わず、七珍万宝は蔵に満てれども益もなし。ただ身に随うものは後悔の涙なり。
遂に閻魔の庁に至りぬれば、罪の浅深を定め、業の軽重を勘えらる。法王、罪人に問うて曰く、「汝、仏法流布の世に生まれて、何ぞ修行せずして徒に帰り来たるや」と。その時には、我等いかが答えんとする。
速やかに出要を求めて、虚しく三途に還ることなかれ。
現代語訳
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それ、朝に開くる栄花は夕べの風に散り易く、夕べに結ぶ命露は、朝の日に消え易し。これを知らずして常に栄えん事を思い、これを覚らずして久しくあらん事を思う。
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そもそも朝に咲く繁栄の花は夕方の風に散りやすく、夕方に結ぶ生命の露は翌朝の陽に消えやすい。これを知らずに常に繁栄することを求め、これをわきまえずにいつまでも生きていることを願うのです。
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然る間、無常の風ひとたび吹きて、有為の露、永く消えぬれば、これを曠野に捨て、これを遠き山に送る。屍は遂に苔の下に埋もれ、魂は独り旅の空に迷う。妻子眷属は家にあれども伴わず、七珍万宝は蔵に満てれども益もなし。ただ身に随うものは後悔の涙なり。
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そうしている間に、一度無常の風が吹いて、はかない露のような命が永久に消えてしまうと、遺骸を広野に捨て、あるいは遠くの山に葬送します。屍は終に苔の下に埋もれ、魂はひとり、旅の空に彷徨います。妻子や親族が家にいても連れ添ってはくれません。金銀財宝が蔵に満ちていても何の役にも立ちません。ただ我が身につき随うものは、後悔の涙だけであります。
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遂に閻魔の庁に至りぬれば、罪の浅深を定め、業の軽重を勘えらる。法王、罪人に問うて曰く、「汝、仏法流布の世に生まれて、何ぞ修行せずして徒に帰り来たるや」と。その時には、我等いかが答えんとする。
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ついに閻魔大王の庁舎に着くと、〔生前に犯した〕罪の深さが鑑定され、善悪の行為の重さが裁かれます。大王が罪人に尋ねて言うには、「お前は仏法が流布している世に生まれながら、どうして何の修行もせず、空しく〔ここに〕戻ってきたのか」と。その時に我々は一体どう答えようというのでしょうか。
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速やかに出要を求めて、虚しく三途に還ることなかれ。
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速やかに、輪廻を脱する要道を求めなさい。空しく三途に戻ってはなりません。