御法語
このたび輪廻の絆を離るる事、念仏に過ぎたる事はあるべからず。この書き置きたるものを見て誹り謗ぜん輩も、必ず九品の台に縁を結び、互いに順逆の縁虚しからずして、一仏浄土の友たらん。
抑機をいえば五逆重罪を簡ばず、女人・闡提をも捨てず。行をいえば一念十念をもてす。これによりて五障三従を恨むべからず。この願を頼み、この行を励むべきなり。
念仏の力にあらずば、善人なお生まれ難し。況や悪人をや。五念に五障を消し、三念に三従を滅して、一念に臨終の来迎をこうぶらんと、行住坐臥に名号を称うべし。時処諸縁に、この願を頼むべし。あなかしこ、あなかしこ。
現代語訳
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このたび輪廻の絆を離るる事、念仏に過ぎたる事はあるべからず。この書き置きたるものを見て誹り謗ぜん輩も、必ず九品の台に縁を結び、互いに順逆の縁虚しからずして、一仏浄土の友たらん。
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この生涯を限りに輪廻の絆を離れるには、念仏に勝る方法があるはずはありません。ここに私が書き残したものを見て謗り、非難する者も、必ず浄土の九品の蓮の台に縁を結び、信仰の同じ者も異なる者も互いに縁が実って、同じ阿弥陀仏の浄土の友となるでしょう。
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抑機をいえば五逆重罪を簡ばず、女人・闡提をも捨てず。行をいえば一念十念をもてす。これによりて五障三従を恨むべからず。この願を頼み、この行を励むべきなり。
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そもそも救われる人はといえば、五逆重罪の悪人をも分け隔てせず、女人や一闡提を捨てることもありません。行はといえば、わずか一声十声の念仏によるのです。ですから、五障・三従の身を恨みに思うべきではありません。この〔念仏往生の〕本願を頼みとし、この念仏の行に励むべきです。
※五逆重罪=五逆という重罪。すなわち①母を殺し②父を殺し③迷いの境涯を脱した仏弟子(阿羅漢)を殺し④悪意で仏の身体を傷つけ⑤仏教教団の和を乱すこと。五無間業。死後ただちに無間(阿鼻)地獄に堕ちる原因となる。後篇第二十四章参照。