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2019年5月

変化する宿坊の
あり方

本来僧侶や参拝者が泊まるための施設であった宿坊。近年は、非日常の体験を求めて訪れる観光客が増え、多様化する宿坊は国内だけでなく、海外からも注目が集まっている。

仏さまのもとで心身を癒す

 長野県の信州善光寺には、39の宿坊(浄土宗14坊、天台宗25院)がある。各宿坊に住職がいて、御本尊が奉られ、外には門前町が広がる。宿坊に泊まると、案内人の説明付きで、善光寺のお朝事にお参りし、導師が数珠で頭を撫でて功徳を授けてくれるお数珠頂戴や戒壇巡りが体験できる。

 善光寺では、高齢化や寺離れなどにより、「講(こう)」と呼ばれる檀信徒の団体が年々減少し、江戸時代から続いていた地域ごとに宿坊を振り分ける「持郡制(もちごおりせい)」もなくなりつつある。高速道路や新幹線が開通し、東京方面から日帰りでの参拝が可能になり、宿泊者も減った。善光寺宿坊組合長で淨願坊住職の若麻績(わかおみ)信昭さんは、「団体の参拝者を受け入れる体制から、個人へと変化しています」と最近の傾向を語る。

 宿坊の一つである淵之坊の部屋は、和室が二間続きで用意されており、一間は寝室。食事は朝夕ともに部屋で、周りを気にせず静かに楽しむことができる。地元の食材で、長野の四季に合わせて作られた精進料理は、淵之坊オリジナルの献立もあり、祝い膳のように華やかだ。

部屋の床の間には掛け軸と仏花が活けられている(淵之坊)

 料理長と案内人を務める執事の小川真宏さんは、「私たちは善光寺参りをプロデュースし、盛り立てていく役だと思っています。色んな体験を積み重ねることで信仰を深めていただき、宿坊が心の拠り所になれば」と話す。この日、新潟県から高校生の娘と訪れた上村眞弓さんは、「精進料理がとても美味しく、部屋でもゆったりと過ごすことができました」と初めての宿坊を満喫された様子だった。

味や見た目にこだわって作られた精進料理
(淵之坊)

 淵之坊では、10年以上前から全国の宿坊に先駆けて、旅行サイトでの広報を始めた。ネット上では様々な評価が目に見える形で表れるが、マイナス点は謙虚に受け止め、改善に努めている。安全面を強化するため、部屋の襖に内側から鍵が掛かるようにし、宿坊内に貴重品を預けるためのロッカーを置いた。淵之坊住職の若麻績享則さんは、「心身ともにしっかり休み、お寺の良さを感じていただくためには、設備やサービスの質を高めることが重要」と考え、掃除は常に徹底しているという。楽天トラベルの「全国宿坊ランキング」では1位を獲得し、リピート客の増加にも繋がっている。

 「悩みを抱えて一人で来られる方も増えていますが、本堂で手を合わせ、仏さまと向き合う時間を持つことで、生まれ変わったような笑顔で帰っていかれる姿は嬉しいです」と話す若麻績享則さん。人の心に寄り添う場所であることはずっと変わらない。最近は外国人も増え、「宿坊(SHUKUBO)という言葉を世界語にしたい」と願う。

世界に広がる宿坊

 岐阜県の高山善光寺の宿坊は、海外からの宿泊者が9割を占める。高山市が外国人誘致に力を入れていることもあり、古い町並みのエリアには多くの欧米人の姿が見られる。創建当時から宿坊や寺子屋をしていたが、檀家を持たないお寺であり、しだいに地域との繋がりが薄れていった。副住職の泉雪菜さんは、前住職から宿坊を受け継いで6年半が経ち、存続に悩んでいた頃、お寺再生プロジェクトを手掛ける株式会社シェアウィングからリノベーションの話を受けた。「お寺を再び地域に開かれた場所にしたい」と決心し、2017年9月に新しい形の宿坊が誕生した。

 お寺の外観、部屋の天井や襖はほとんど変えず、家具も再利用してお寺の風情を残し、多国籍の人たちが交流できる共有スペースやキッチン、浴室やトイレなどを新しくした。どの部屋も快適に過ごせる広さがあり、庭園が見える部屋は特に人気が高いという。

 この日はドイツ、ニューカレドニア、アメリカから6人が宿泊し、全員が写経を体験。「筆を使うことや文字を写すこと、すべてが新鮮で、一点一点に集中し、心を落ち着かせることができました」と話した。写経の他にも勤行や法話、戒壇巡り、着付け、ヨガなどが希望により体験できる。

外国人に写経の説明をする副住職の泉さん
(高山善光寺)

 現在は1日5組限定で受け入れていて、日本三大美祭の高山祭がある4月には1日最大22人、1か月で約600人もの宿泊があった。昨年夏には境内で、屋台やお茶席を設けて、着付けやお香体験ができる縁日を開催。観光客だけでなく、地元の人も多く集まった。今後も誰でも参加できる様々なイベントを考えている。泉さんは、「周りの住民の方が宿泊者の道案内やイベントの運営を手助けしてくれ、協力的でとても有難いです」と地域から愛されるお寺になったことを喜ぶ。

キッチンや囲炉裏がある共有スペース
(高山善光寺)

 物より心の豊かさを求める人が増えている現代において、宿坊が担う役割は大きい。信仰を広め、日本文化を伝える場として、宿坊の可能性が今後も広がっていくことを期待する。

(取材・文 国松真理)

お問い合わせ

【信州善光寺宿坊組合】
TEL 026-237-7676
【高山善光寺】
TEL 0577-32-8470