華頂特集記事Kacho

2019年6月

お寺こそ
健康増進の拠点

 

お坊さん×本屋さん

 今年4月1日、東京にお坊さんのいる本屋「書坊」がオープンした。JR山手線の恵比寿駅から徒歩4分という好立地。土日のみ営業の小さな書店であるが、お坊さんと話したりするなかで、より「心と身体の健康」に目を向けてもらえる仕組みになっている。
 取材に訪れた日は、浄土宗僧侶の井上広法さん(栃木教区光琳寺副住職)がファシリテーターとなり、「“幸せに満たされる”練習」というワークショップが行われていた。井上さんは、「『ありがとう』の反対はわかりますか?『当たり前』です。旦那に稼いでもらって当たり前。奥さんにご飯を作ってもらって当たり前。生きていて当たり前。そんな風に思っていませんか?」と、歯切れの良い口調で足元にある幸せに気づかせた。
 そして、大学時代に臨床心理学を学んだ経験を生かし、「週末に感謝の日記をつけることを8週間実践すると、9か月幸せが持続するという実験結果があります」と科学的な見地を交えて語った。
 最後には、「ではこれからお母さんに電話して感謝の手紙を読んでみましょう」と提案。参加者は一様に戸惑いを見せたが、井上さんの真剣な表情に押され、心を決めてスマホを手に取った。最初は話しにくそうにしていた人も、だんだんと気持ちが入り、頬をあたたかい涙が濡らした。繰り返し井上さんのワークショップに参加している人は、「幸福度があがってきたと実感します」と喜ぶ。

ビジネスパーソン向けの研修

仏教は生きる智慧に満ちている

 この「書坊」は、一般社団法人寺子屋ブッダによって運営されている。寺子屋ブッダは、理事の多くを井上さんを含む各宗派の僧侶がつとめる。代表理事の松村和順(かずのり)さん(50)は一般家庭で育ったが、祖父が長野県松本市の外にある浄土宗寺院の住職だった。映像制作・Web 制作の道に進んだ松村さんは、平成20(2008)年、伝統仏教宗派の公式映像を制作する縁をいただいたとき、「淡々と生涯を紹介してもつまらないので、宗祖の想いが伝わる映像を作りたい」と考えて本を読み漁った。すると、難解だと思っていた仏教思想も、ハラ落ちすることがたくさんあり、気が付いたときには仏教の魅力にはまっていた。「特に苦集滅道の四諦説には、その明快さに驚きを感じました。思い通りにしたい自分が、思い通りにならない自分を生んでいる。では、どう生きれば愚図らず爽快に生きていけるのか?課題と課題の原因、そして解決法までが端的に説かれています。お釈迦さまの智慧は、私たち現代人にこそ必要だと感じました」という。

旬の食材を使った精進料理で、今この瞬間を様々なご縁の中で生きていることを感じる

 平成22年には、南房総市の風光明媚だが過疎に苦しむお寺から「地域の縁側になるお寺を作りたい」と協力を依頼され、ヨガ・リトリート(瞑想的な静修)を企画。このイベントのためのWeb サイトとして寺子屋ブッダを立ち上げ、集客につとめたところ10人が参加。驚いたことに、評判だったのはヨガよりもむしろ「思い通りにならないこと」をテーマにしたお坊さんの仏教講座だった。

寺子屋ブッダの原点となったヨガ・リトリート

人生百年時代、心身ともに健康に

 「仏教から生きる智慧を引き出すことはできる」と手ごたえを感じた松村さんは、「お寺を学びの場に」と掲げ、全国各地のお寺との協働を模索し始めた。井上さんもまた、その呼びかけに応じた一人である。さらには、ANAホールディングス株式会社などの企業研修にお坊さんを派遣したり、そして、今春には冒頭に触れた書店を開業したりと、精力的に活動を続けてきた。
 松村さんの原風景は、小さい頃に訪ねた祖父のお寺だ。「健康増進法では各自治体が健康に生きる方策を企画するように定めています。ふらっと歩いて行ける距離にあるお寺こそ、その実践の拠点にふさわしいです」と指摘する。そして、「人生百年時代。健康寿命を長くするには生活習慣の改善が必須です。そのためには、週1回、お寺を訪ねて食習慣や運動習慣、心の持ち方などを見直すのが効果的です。いままで培ってきたノウハウをできるだけ提供して、この『ヘルシーテンプル構想』を実現したいです」と、人々が再びお寺と共に生きる社会を願った。

(取材・文 池口 龍法)

 

プロフィール

松村 和順(まつむら かずのり)

昭和48年長野県生まれ。株式会社百人組代表取締役、一般社団法人学びとまちづくり推進機構理事。お寺や仏教は、現代人の“よりよく生きる”にもっと貢献できるはずと考え、2010年、超宗派の若手僧侶と共に、「寺子屋ブッダ」の活動を開始。2016年、一般社団法人寺子屋ブッダを設立し、代表理事となる。