華頂特集記事Kacho

2019年9月

寺院復興、
10年の歩み

お寺に魅せられて

 「お彼岸やお盆にお寺に行くと、お坊さんを中心に檀信徒さんの輪ができていました。和気あいあいとしてて楽しそうで、お葬式や法事だけじゃないんだなぁと気付きました」 

 と仏門に入ったご縁を語るのは、埼玉教区立正寺(りゅうしょうじ)住職の鈴木俊也さん(45)。大学で経営を学んだあと、洋服の卸問屋に就職。お寺とは無縁の生活を送っていたが、平成16年に結婚した相手は、立正寺近くにある西蓮寺の娘さんだった。行事や法要に参加してみると、そこにはノルマに追われるビジネスの現場とはまるで違う、穏やかな世界があった。
 立正寺は江戸時代初期の開創とみられるが、記録類は散逸し、正確な年代はわからない。檀信徒数も少なく、西蓮寺の住職が立正寺を兼務し、法務を執り行うのが慣例になっていた。
 とはいえ、定住する住職が居るのが、望ましいお寺の形。 鈴木さんがお寺の生活に魅かれているのを知った西蓮寺住職の義父丹羽隆信上人から「立正寺をやってみないか」と誘われ、退職して大正大学に編入。平成19年には加行を満行した。義父はすでにガンを患っていたが、立正寺には居住空間がなかったことを憂い、本堂と庫裏の再建を発願。平成20年に無事に落慶した。平成22年に鈴木さんの晋山式を見届け、翌年1月に「ハードはできた。あとはソフトだ」と言い遺して浄土へと旅立った。鈴木さんは「豪快な人でしたね」と懐かしむ。

手探りの日々

 こうして立正寺住職としての生活が始まったが、最初の頃は法事の依頼が月に1、2 件。給料はわずか5万円。「足りない分は、夜に運送業者でバイトして稼いでました」という。

立正寺旧本堂。義父とともに

 「まずは檀信徒さんを知ることから」と考えた鈴木さんは、お墓に出て墓誌を調べながら、お墓参りに来られた檀信徒さんと話す日々。月命日のお参りが多いとわかると、朝のおつとめで命日の方々のご回向をし、祥月命日には特にお墓に線香を供えるようにした。昼頃になって檀信徒さんが来られると「お線香あげておきましたよ」と声をかける。
 法事をつとめたあとには、法話の内容や檀信徒さんとの会話などを書き留めておく「法事録」をつける。「法式も法話も自信がない」から、「せめて同じ話をするのは避けたい」「次の法事のときに話の続きができる」との配慮だ。


 檀信徒さんから「跡継ぎがいなくて」「息子が結婚しないんです」と聞くと、お寺が永代にわたって供養するお墓の建立に着手した。「心温まるお墓にしましょう」というお墓デザイナー森口純一さん(礼拝空間デザイン室TSUNAGU 代表)の提案からできた永代供養墓「共生」は、ご自身あるいは故人の分身となる「子仏さん」を選んで好きな場所に置いていただくユニークな設計。「この子仏さん、亡くなったおじいちゃんにそっくり!」と結縁される方もあるそうだ。

ひとつひとつ表情が異なる子仏さん

広がれ、縁が輪

 細やかな気遣いは実った。大規模な広告など打たなかったが、口コミで評判が広がり、立正寺とご縁を結ぶ人は年々増えている。彼岸などの法要への参加者は、最初20人程度だったが、いまでは40~50人にのぼる。鈴木さんは、仏縁の輪を“ 縁(えん)が輪(わ)と呼ぶなど、関わりやすい仕組みを設けている。
 同名のかわら版「縁が輪」(年4回発行)は、古くからの檀信徒だけでなく、永代供養墓「共生」からの新しい信者さんにも、そして地域の人々にも配布している。紙面には、住職夫婦のメッセージや、法要、写経、ヨガ教室、檀信徒総会、小旅行の案内など、立正寺の情報がぎっしり詰まっている。檀信徒総会では、お寺の現状を理解して関わってもらえるように、事業計画や会計も共有する。
 「“縁(えん)が輪(わ)”がもっと広がっていくといいですね。もともとが小さなお寺ですし、できることは限られていますけれど、関わってくださっているすべての人が幸せになれるお寺を、地道に模索していきたいです」
 今秋には、浄土宗僧侶の下村達郎さん(東京教区香念寺)が実施しているケアラーズカフェ(介護者同士が悩みを語り合う場)を立正寺でも開催する。
 鈴木さんが住職となってからおよそ10 年。遺言の「ソフト」面も充実を見せる立正寺の姿を、義父も浄土から喜んでいることだろう。

(取材・文 池口龍法)