華頂特集記事Kacho

2021年5月号

法然上人の内面を描く

 平成29年4月号より『華頂』の紙芝居を描いていただいている辻村知夏さん(26)。「悩める王子のシャカリキ大冒険」「蜘蛛の糸」「西遊記」に続き、現在は「法然上人一代記」が連載中です。大学卒業後、禅塾に一年間寄宿。今春、筑波大学大学院を修了し、紆余曲折の人生を歩む辻村さんにお話を伺いました。

イラストレーターになったきっかけを教えてください。

 小さい頃から絵を描くことが好きで、人が見たいもの、必要としている絵を描くことに自然と楽しさや喜びを感じるようになり、イラストに関わる仕事をしたいと思うようになりました。
 美術部の先生の勧めで進学した芸術大学では、表現方法のひとつとして彫刻を学びました。表現方法はさまざまで、平面もあれば立体もあり、それらを分けずに考えるようにしています。

紙芝居は全てパソコンのソフトを使い、2週間ほどかけて仕上げていく

どのような学生時代を過ごされていたのですか。

 大学時代は、アルバイトで貯めたお金で日本各地を放浪していました。ヒッチハイクで九州を一周したこともあります。旅をしている間の自分は「よそもの」であり、「お邪魔する」しかないのですが、その場その場で「営まれていること」にいつも手を合わせる気持ちでいました。

 高校では美術部や漫研のほかに写真部、放送部、軽音部と5つの部活に所属し、大学では演劇の活動を始めるなど、器用貧乏かもしれませんが、そこから何かをアレンジして表現することの面白さを知りました。

 

大学院では、哲学・思想専攻で宗教学を研究されていました。いつ頃から宗教に興味を持ち始めたのですか。

 高校生の時、人やモノ、お金や情報などが行き交う世の中に大きな流れがあると感じるようになり、その背景にあったものが宗教なのか、どう説明したらいいのか当時は分かりませんでした。

 大学3回生の時に知恩院とご縁があり、紙芝居や広報物のデザインに関わるようになったことが、仏教や歴史をより深く知りたいと思うようになったきっかけでもあります。大学卒業後に寄宿した禅塾では、公案(禅問答)で出される課題を日々考え続けることが生活の中心となっていました。

 大学院での「宗教学」という学問には、社会学的なものや心理学的なものなどさまざまな立場がありますが、私は「文化史」的な観点からそれぞれの宗教が本当に大事に守り、伝えてきたものが何であったのか、というところに関心をもって学んでいます。

「悩める王子のシャカリキ大冒険」最終話

辻村さんにとって、法然上人はどのように映っていますか。

 法然上人は間違いなく、日本の仏教の歴史にひとつの大きな転換点をもたらした人物であると思います。仏教の長い歴史の中で、その時々の場所や状況に合わせてさまざまな表現の方法が編み出されてきました。末法の世において救いの道を求め続け、専修念仏という教えに結実させ、また人々の心に寄り添ってこられたことに凄みを感じます。あらゆるお経を読み通し、名だたる高僧や学僧たちと議論を重ね、時には師匠とも教義をめぐって大喧嘩をする法然上人は、すごく真摯で情熱的な人であったと感じています。

 

紙芝居「法然上人一代記」への思いを聞かせてください。

 大きな責任を感じていますが、とても描き応えがあります。『法然上人行状絵図』を参考に、数多くのエピソードの中からツボとなる部分を押さえて構成しています。絵巻に描かれた法然上人の表情はとても柔和で、優しさが滲み出ていますし、「人間」としての法然上人、懊悩や葛藤を含めたその人物像を浮かび上がらせられたらいいですね。

 法然上人をよくご存じの方も全く知らない方にも新鮮な気持ちで触れていただけるように心がけています。情景はアングルを変えながら、心情とリンクさせ、さりげなく季節感も入れているので、臨場感が伝わると嬉しいです。

 

今後の抱負、目標はありますか。

 ひとりの表現者として、他者と関わって生きていくことにいかに希望を見出すか、ということをひとつのテーマとして持っています。表現するために勉強はずっと続けていきたいです。イラストは、イメージを共有するのに便利なものであり、人と人が分かり合うものとして機能すると考えているので、これからもその場で感じた印象やイメージを大切に人の心に響く絵を描き続けていきたいです。

(聞き手・田口真理)