昨年、国宝御影堂が約9年におよぶ大修理を終え、落慶。
今年、おてつぎ運動55周年の節目。
知恩院の境内は「再建時さながらの御影堂の威容を拝みたい」と願う檀信徒がこぞって登嶺し、10年前の元祖法然上人八百年大遠忌を彷彿させるにぎわい……となるはずだった。新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるうまでは―。
虎の子のLANケーブル
盤石の体制で記念事業を執り行えるよう、昨春まで何年もかけて準備を進めてきた記念行事も、密を回避し感染拡大を防ぐためことごとく中止か大幅な規模縮小となった。
新型コロナウイルスに手も足も出ないなか、抵抗できる手段のひとつが「動画」だった。
昨年4月の御影堂落慶法要は、動画を撮影して編集し、その日のうちにYouTubeに公開した。猊下のご垂示も字幕をつけてアップし、「自らを戒め粛然と己を守るように」と厳しい時期を生きる激励を届けた。
そして年末。3万人が参詣する大晦日の風物詩・除夜の鐘。現場にお参りの人を受け入れるのは到底無理だが、苦しい時期だからこそ、せめてライブ配信して祈りを届けたい。しかし、鐘楼にはLANを使える環境がない。メジャーで計測したところ、最寄りの地点から百数十メートルも離れていた。
「仮設の配線ぐらいなら、自分たちでやればいい。屋外用の百メートルLANケーブル2本を買えば、鐘楼だけでなく、境内各所から配信する目途が立つ」
意を決した職員たちは、大晦日直前、力を合わせてLANケーブルやカメラなどの機材を鐘楼に運び込み、初めてのライブ配信に臨んだ。開始前には「100人ぐらい見てくれたらいいかな」などと語っていた弱気な予想はあっさりと覆された。ピーク時の同時視聴者数は1万人を超え、トータルの再生回数も一晩で10万回を超えた。「素晴らしい日本文化だ」との声が、海外からも寄せられた。
たとえオンラインでも、祈りは伝わる。
どこへでもLANケーブルを敷設し、コロナ禍のなかに光を届けていこうと思った。
55周年とライブ配信
年が明け、法然上人命日前日の1月24日には、今度は三門楼上でのライブ配信にチャレンジ。LANケーブルを這わせて、8時間にわたる「ミッドナイト念仏inおうち」を実現させた。4月18日には、再び三門楼上から夜通しの「ミッドナイト念仏in御忌」。6月からは、おてつぎ55 周年記念事業として、大方丈、集会堂、月光殿、三門、阿弥陀堂と会場を毎月変えながら、「毎月25日はライブ配信でお念仏」を実施している。配信前には、お坊さんがそれぞれのお堂を案内する動画を撮影し、バーチャル参拝体験をお届けしている。
画面越しに同時にお念仏を称えている人は、YouTubeとインスタライブを合わせると、数百人にものぼる。会場の収容人数を気にしなくてよいのは、ライブ配信の大きなメリットである。木魚を持っていない人でも、Webサイト上の「どこでも木魚」をクリックまたはタップすれば、画面に映った木魚が揺れ、スピーカーから「ポクポク」と音が出る。同時参加者数や称えたお念仏の合計数がリアルタイムでわかるのも、ライブ配信ならではの楽しみだ。
YouTube上にも法然上人の遺跡を
ちなみに、いままで挙げてきたライブ配信はすべて、職員のみで運営している。カメラを切り替えるスイッチャーや配信用のPCなど、必要な機材はこの1年でひととおりそろったが、技術の習得はお寺特有の事情もあって簡単ではない。たとえば、お念仏の声よりも木魚の音がどうしても大きく、マイクでの収音が難しい。除夜の鐘の響きにいたってはなおさらである。トライアンドエラーの連続には実に骨が折れるが、技術を習得するたびにお念仏の縁が広がっていくことには、手ごたえを感じる。これからの時代にはライブ配信が当たり前になるだろうから、ひとつずつ解決して進んでいこうと誓い合っている。
「念仏を修せんところはみなわが遺跡なるべし」
法然上人は、晩年にそう言い残した。YouTubeやインスタライブなどを使えば、世界中どこにいてもお念仏を一緒に実践できることを、法然上人は喜んでおられるに違いない。
もうしばらくは、リアルで参集しての念仏会が開催しにくい日々が続く。ライブ配信のクオリティを日々高め、お念仏のぬくもりで世界を明るく灯していきたい。