本誌の創刊以来、五十五年の歳月が経過した。この間、知恩院ではおてつぎ運動を展開して念仏信仰を育んできた。この歳月を振り返ってみたとき、おてつぎ運動はどのような役割を果たしたといえるのだろうか。また、現代において、宗教に何が求められているのだろうか。近代以降の宗教者や宗教団体の社会的取り組みに詳しい、佛教大学の大谷栄一教授に話をうかがった。
「個の信仰」とはなにか
堀田定俊おてつぎ運動副本部長(以下、堀田):おてつぎ運動が発足した当時は、教団のなかに危機意識がありました。江戸時代の「寺請制度(檀家制度)」のなかで構築されたお寺と檀家の関係は、明治時代以降も「家制度」が残る間は容易に存続させることができました。しかし、第二次大戦後に「家制度」が廃止されると、お寺のあり方を抜本的に見直さざるをえませんでした。この運動は「家の信仰から個の信仰へ」と掲げてきましたが、お念仏の教えを一人一人が手から手へと「手次」していく意識なくして、教団は存続できない時代なのです。
大谷栄一教授(以下、大谷):私は宗教社会学の観点から、近代以降の仏教の姿を研究してまいりましたが、昭和30~40年代は伝統仏教の各教団ともに危機意識を抱き、「現代化運動」に着手しています。浄土真宗本願寺派の門信徒会運動、真宗大谷派の同朋会運動、天台宗の一隅を照らす運動など、いずれも「家の信仰から個の信仰」をうたっていました。
この背景にあるのは、堀田副本部長がおっしゃるとおり、一つには家意識の衰退です。また、都市化・産業化にともなって都市部に人口が流入し、そこに新宗教が教線を拡大して躍進してきたという事情もあります。おてつぎ運動発足当時の本部長だった鵜飼隆玄執事長が「宗団が本当に崩壊寸前の状態である」と語っておられますから、相当な危機感があったのでしょう。
さて、そのような時代から数十年の年月を経たいま、各教団の「現代化運動」をどう評価するか。各教団とも極端に檀信徒が増えたということはないでしょうが、お寺や教団の活性化はある程度実現されただろうと私は見ています。「個の信仰」の確立に関しては、なにをもってゴールとするのか、改めて問い直されるべき時期だと思います。
堀田:おてつぎ運動では、檀信徒一人一人にしっかりとした信仰を養ってもらうために、「個の信仰」を推進してきました。おてつぎ信行奉仕団で本山への登嶺を呼びかけてきたのはまさにそのためです。しかし、このやり方では、都市部に出てきている檀信徒の子供世代、孫世代にはどうしても届きません。
したがって、2、3年前から方針を改め、檀信徒以外にどうアプローチするかを、教化事業のもう一本の柱として定めました。知恩院は、観光のために訪れる人、朱印をもらいに来る人、夜間ライトアップに来る人など、日々大勢のお参りをいただいて賑わっていますが、従来はこの方々に信仰上の話をまったく持ちかけませんでした。
一昨年から春秋の夜間ライトアップのときには「聞いてみよう!お坊さんのはなし」を実施して、お話と念仏体験の時間を設けるようにしました。実際に木魚念仏を体験してもらい、「おかげさま」というようなわかりやすい言葉で教えを伝えてみると、すごく好評でした。ライトアップが単なる観光ではなく、体験を通じて「個の信仰」をうながす場となっているわけです。
大谷:いきなり「特定の教義を信じましょう」というのは抵抗感があっても、儀式や体験を通じて仏教と出合うという人は少なくないと思います。日本人は多幸感(幸せと感じる感覚)が、諸外国に比べ非常に少ないという統計データがあります。貧困問題をはじめ様々な問題を抱える日本社会の生きづらさを反映しています。そうであれば、おてつぎ運動には、日本人の心に欠損しているものを補う役割を期待されているといえるでしょう。
求められる宗教の公益性
大谷:戦前の日本社会において地域の公共センターを担ってきたのがお寺でしたが、戦後は政教分離がとられるようになり、公民館や福祉施設にとって代わられました。また、お寺は幼稚園や保育園の運営などの教育活動に戦前戦後を通じて地道に取り組んできたのに、こと戦後に関しては宗教研究者やジャーナリストになかなか評価されません。
しかし、21世紀に入ったぐらいから、社会福祉の分権化・民営化が進んだために、宗教団体がより積極的に社会福祉に関わるようになりました。阪神淡路大震災、東日本大震災などの災害時の仏教者の復興支援活動によって、仏教の公共的・公益的役割が認められ、また求められるようになりました。
知恩院では、お寺の公共性・公益性をどのようにとらえていますか。
堀田:知恩院は、三門から入るだけで聖なる雰囲気に包まれます。御影堂修理中のいまでさえそうなのですから、落慶後はなおさらでしょう。私は、心が癒される雰囲気というのが、公益性だと思います。御影堂に座るだけで、「ああ来てよかった」と。
大谷:最近、アニメやアイドルなどが流行るにつけ、そのゆかりの地が「○○の聖地」ともてはやされ、商業ベースで消費されます。聖地の価値が没落しています。知恩院は、サブカル的なものとは違った、圧倒的な宗教性をたたえた聖地、ですね。
堀田:そうです。圧倒的なものを感じてもらったら、故郷に帰ったときに振る舞い方が変わってくるはずです。仏壇に自然と手を合わせるでしょうし、地域のお寺にも行くようになるでしょう。
大谷:やっぱりお寺は地域の中心ですから、お寺が盛り上がらないと、地域は盛り上がりません。お寺と地域の関係性はすごく大事です。お寺にはすでに社会活動のノウハウが蓄積されてきています。たとえば、農村部でお寺が子守を引き受けていたことの現代版が、今年二十周年を迎える「サラナ親子教室」だととらえることもできます。よい点を引き継いで現代的な形にしていければいいわけです。
堀田:そうですね、お念仏の信仰のベースにある「おかげさま」という感情を大切にしたうえで、現代において公益的だとされるものをしっかりと届けていく――そうすればお寺が再び地域の公共センターとして認知されていくでしょう。
一人でも多くの人々と縁を結び、生活の隅々にまで「おかげさま」という感情を抱いてもらえるよう、これからも歩みを進めてまいります。
今日はどうも有難うございました。
プロフィール
大谷 栄一(おおたに えいいち)
昭和43年生まれ。東洋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。現在、佛教大学社会学部教授。専門は宗教社会学、近代仏教研究。主な著書に『地域社会をつくる宗教』(共編著、明石書店)、『人口減少社会と寺院』(共著、法藏館)、『近代仏教スタディーズ』(共編著、法藏館)等がある。